2003年5月20日 HOME、MY SWEET HOME(その2) 見学

工場の不動産部を訪れたその週の土曜日は結納の日でした。 そして、その席で双方の両親を誘い、 翌日曜日、きりんとうさぎと、双方の母親と4人で物件を見に行きました。

横浜まで東横線で行き、更に乗り換えて郊外へ。
「ずいぶん遠いのねえ。まるで鎌倉とか箱根に遠足にいくみたい」 と、母たちが不安げな顔になりました。

駅で待ち合わせした先日の不動産部の方が、駅近くのモデルルームに案内してくれました。 一戸建てのモデルハウスなら、趣味でよく見に行っていましたが、 マンションのモデルルームというのを見るのは、これがはじめてでした。

モデルルームの仕様は、素人目にも決してグレードが高いように思えませんでしたが、 そんなことはどうでも良いことでした。
とにかく、民間のアパートは家賃が10万もするし、公団がいかに当たらないかは、 きりんの妹の奮闘を見て知ってたし、他の物件で買えるものがあるとは思えない。 そのときにあったほかの選択肢といえば、 「きりんの実家の庭に離れを立てて住む」というものだけで、 二人っきりで新婚生活を送りたかったうさぎとしては、 このマンションを買う以外の選択肢など、ないも同然だったのです。

それに部屋の内装はともかく、他の条件がまるであつらえたみたいにぴったりだったの。

  1. まず入居時期が、すでに決まっていた結婚の日取りからしてちょうど良かった
  2. 地下鉄がちょうど開通予定であり、勤め先まで乗り換えなしで通勤できる
  3. 3DKの広さは、二人で住むには充分すぎ、子どもが生まれてちょうどいいくらい

そして何より、うさぎは建物の形が気に入った!
なぜかっていうとね、このマンション、傾斜地に建っていて、1階のエントランスのほかに、 なんと7階にもエントランスがあるんです!
しかもうさぎが買おうとしていたのは7階。 7階の眺望と共に、1階の利便性を享受できるという、 まったくもって他の物件にはありえない特長をもっていたのです。

うさぎの母・ままりんは子どもの頃、やはり坂の途中の家に住んでいたことがあって、
「その家ではね、2階からも外に出られたの」とよく話してくれたものです。 うさぎはそのおうちの話を聞くのが好きで、 ままりんによく「坂の途中にあるおうちの話をして」とせがみました。ままりんは、
「べつに何度も話すようなことじゃないわよ。ただ1階と2階に玄関があっただけ」と そのたびに言うのですが、「2階からも外に出られた」という言葉は、 何度聞いても、聞くたびにワクワクしました。
だから、7階から外に出られるこのマンションがどんなにうさぎの目に魅力的に映ったか。 ‥お分かりになるでしょ?

その上、玄関階であるということで、 最初7階の部屋と聞いて「絶対ダメ!」と言ったままりんを黙らせることもできました。
ままりんってね、なぜだか"高層ビル"に異常な恐怖心を持っているんです。 "高層ビル"と聞くだけで"タワーリングインフェルノ"を想像してしまうらしく、 当時は"10階建て以上のビルには決して近づかない"という固いポリシーすら持っていました。
うさぎが、新宿西口のホテルで友達の披露宴に出席すると言っただけで、毎度毎度、大騒ぎ!
「披露宴会場は何階なの? 火災報知器が鳴ったらすぐ逃げるのよ! 絶対エレベーターに 乗ってはダメよ――」

ままりんはそういう人ですから、うさぎが7階の部屋の購入計画を話したときには 震え上がったものですが、

  1. 部屋の玄関を出て左へ行けば外に出られる
  2. 部屋の玄関を出て右に行けば、非常階段を降りられる
  3. 部屋の玄関の斜め前にも階段がある
  4. ベランダにも非常階段が収納されている

と、建物のどこから火が出ても避難経路が確保できることをうさぎが説明すると、 傾斜地は地盤がどうとか、ぶつくさ言いながらも、しぶしぶ納得してくれました。

本当に、こんなことってある?
ちょうど住まいをどうしようかと考え始めたこの時期に、 ニーズにも好みにもバッチリ合う物件に出会えたなんて!
この偶然には運命的なものすら感じました。

モデルハウスを見たあと、不動産部の方の車で現地に案内してもらいました。
工事はまだやっと骨組みである鉄骨を組んだばかり。 決してきれいな眺めではありませんでしたが、 総戸数約110戸のマンションはとても大きく、遠くから眺めて惚れ惚れしました。 購入予定の住戸は‥とあたりをつけると、部屋の前は、目も彩な新緑! 森を見下ろすところにありました。

帰りは、駅からの距離と辺りの様子を見たかったので、不動産屋さんには先に帰ってもらい、 駅までブラブラ4人で歩くことにしました。
ところがこれが、歩けど歩けど駅につかない。
「こんな辺鄙なところにマンションって建てるものなの?」と率直なままりん。
「そうですね。駅からはちょっとありますね」と、極めて婉曲に表現する慎ましやかなきりんの母。

ひたすらひたすら坂をくだり、やっと駅につきました。
「こんな物件、本当に買う気なの? うちの近くじゃダメなの?」とままりん。
でもうさぎはすばやく言いました。 「欲しい! 欲しい! 絶対欲しい!  歩き慣れない道だから、余計長く感じたのよ、きっと」
だってその頃、実家近くのマンションって、この物件の倍出しても買えなかったのです。 同じ広さで、中古であっても。

駅から非常〜に遠く、傾斜地に建つマンション――そんなの安くて当たり前‥と 思われるかもしれませんね。
だけどそれにしたって、この物件は破格な安値でした。
そして、それにはちゃんとした理由があったのです。