2003年4月9日 今どきの中学生制服事情(中編)

あれは一年ちょっと前、ネネが中学に上がる前のこと。
中学の学校説明会で、通学バッグのカタログをもらったので、 ネネと「中学に入ったら、どんなバッグで通学する?」 って相談しながら楽しんで見ていました。 カタログには、リュックとスポーツバッグが載っていて、 ネネは「絶対スポーツバッグがいい」と言うので、 「じゃあ今度スポーツバッグを買いにいこうね」ということになりました。

ところが。翌日ネネは学校から帰ってくるなり、こう言うのです。 「両方買ってもらえない?」と。
詳しく聞いて見ると、 友達はみな「本当はスポーツバッグで行きたいけど、一年生のうちはリュックで行く」 と口をそろえて言ったのだそうです。 そしてネネが、「自分はスポーツバッグにする」というと、 皆に「やめたほうがいいよ、先輩にいじめられるよ」と言われたのだそうです。

わたしは言いました。 「バッグ一つで先輩からいじめられる? そんなことあるわけないじゃないの。 だって学校で斡旋しているようなバッグなのよ。 どうして上級生にいじめられる理由があるの?
‥中学に上がる前って、みんな神経が過敏になってて、そんなことを言うのね、きっと。 いいわ、ママが本当のところをお母さんたちに聞いてきてあげる」

ところがこれがヤブヘビだった‥。
母親仲間に聞きまわったところ、誰からも全く同じ答えが返ってきたのです。
「一年生のうちはリュックで、スポーツバッグは2年になってからにした方がいいわよ」と。

理由を尋ねると、皆一様に「上級生から目をつけられるから」と言います。 そして、おもしろいことに、必ずもう一つ理由をつけるのです。
「リュックって両手があくから」とか、
「せめて一年生のうちくらい、服装をきちんとさせておいた方が‥」とか、
「3年間同じバッグじゃ子供が飽きるから」とか。
「とにかく一年はリュックって決まってるのよ」と言う人もいました。

最初のうちは、反論が喉元まででかかりました。
「両手があくのが魅力なら、どうして2〜3年はスポーツバッグにするの?」
「学校が斡旋しているようなバッグがどうしてきちんとした服装のうちにはいらないの?」
「どうして先回りして子供が飽きると決め付けるの?」
「学校でもらった入学のしおりではスクールバッグが推奨されているのに、 一体誰が、一年はリュックなんて決めたの?」

でも、そのうち、皆がこうした妙ちきりんなことを言うわけがわかってきました。
おそらく「上級生から目をつけられるから」という理由だけでは、 自分自身、納得できないからなのです。だけどそれでも、 なんとか自分を納得させるために、一生懸命言い訳を考えたのに違いありません。

でも、わたしは、自分はそうするのがイヤでした。
わたしだって、他に自分を納得させる理由がないかどうか、探してみました。
だけど、理由を探すこと自体がとてもとてもイヤでした。
自分を騙してローカルルールに屈するのが、どうしてもどうしてもイヤでした。

わたしは母に相談しました。母ならわたしの気持ちを分かってくれるだろう。 わたしに同調してくれるに違いないと思いつつ、相談しました。

ところが。母は言ったのです。 「たかが服装くらいのことで、世間にはむかうなんて、バカバカしい」と。
わたしがあっけにとられていると、母は言いました。 「そう言ったのは、あなたよ。25年前に。
わたしもあなたが中学に入るとき、同じことで悩んでた。 悩んで悩んで、でも世間に屈するのがどうしてもイヤで、仕方なく あなた自身に判断を任せることにした。 そしたら、あなたがママに言ったのよ。 "たかが服装じゃないか、そんなことで世間に抗って余計なエネルギーを使いたくない、 もっと本当に抗うべき場面に出くわしたときのためにエネルギーをとっておきたい"、って。 なるほどなあ、って思ってママ感心したの。それで納得したのよ」

わたしは二の句が継げませんでした。 だけど、だからといって、自分を納得させることもできませんでした。
だって母は25年前、ローカルルールどころか、制服制度そのものに抗い、 上級生どころか、学校全体を向こうに回して闘おうとしていた。 3月生まれで体が小さく、人一倍グズでノロマなうさぎに そんな母の片棒が担げるわけがない。 だからうさぎは、確たる信念があったわけでも、立派な展望があったわけでもなく、 なんとか母の翻意を促そうと、ただただ必死でそう言ったに違いないのです。

でもね、結局のところ、中学にどんなバッグを持っていくかという問題は、 わたしの問題ではありませんでした。これはネネの問題なのです。
母親仲間から聞いたことの顛末は、ネネには黙っていようかとも思いましたが、 それはフェアではない。 考えた末に、そうした操作は敢えてせず、正直に話しました。そして、
「リュックかスポーツバッグか、どちらか一つ買ってあげる。 3年間スポーツバッグにするか、3年間リュックで行くか。 それとも、両方使いたければ、どちらか一つは自分のお小遣いで買うか、 うちにあるものを使いなさい」と言いました。

ネネはしばらく考えてから結論を出しました。
「スポーツバッグを買ってもらうことにする。 それで、とりあえずスポーツバッグで行ってみて、もしもやっぱりリュックで行きたいと 思ったら、うちにあるパパのリュックを借りていくことにする」と。

そして昨年の今頃、ネネはスポーツバッグで中学に通い始めたのです。
クラスを見回してみると、入学式以外、スポーツバッグで来ている子は、女の子では ネネと、あともう一人、上級生から特別扱いされている女の子だけだったそうですが、 幸い、上級生から呼び出されたりすることもなく、3日もしたら、 「なんだ、別にどうってことないじゃん」とケロリとしていました。 その頼もしさにほれぼれし、わたしは母に電話で自慢したくなりました。 「ウチの娘って頼もしいでしょ?」ってね。そう、あなたの娘よりもずっと頼もしい。

尤も、ちょっとガッカリだったこともあります。
「ネネがスポーツバッグで行ってるのを見たら 他の子も安心して真似をするんじゃないかな」 と予想していたのですが、案外そういう展開にはならなかったこと。 ネネの決断も、ローカルルールを変えるまでには到らなかったってところでしょうか。