2003年5月4日 石の上にも

昨日はきりんの誕生日でした。
そして同時に、 「トラベルinきりんとうさぎ」 のお誕生日でもありました。ちょうど2年前、このサイトを立ち上げたのです。

そもそもサイトを立ち上げようと言い出したのはうさぎです。
そして、それまで持っていなかったパソコンを買ったのもうさぎです。
でもうさぎは、パソコンの電源の入れ方すら知らなかったし、 ホームページというものを見たこともなかった。 ましてその作り方なんて、まったく分かりませんでした。 それで、会社の業務でホームページを作った経験のあるきりんに 手伝ってもらうことにしたのです。
最近はきりんの手を借りなくてもなんとかなるようになったので、 ほとんどうさぎ1人で作っていますが。

そもそもうさぎがホームページを公開しようと思ったのは、 自分の文章を不特定多数の方に読んでいただく場が欲しかったからです。
うさぎは文章を書くのが好きだけれど、それを人に読んでもらうのはすごく怖い。
文章関係の公募には何度も応募しているし、 自分で書いた文章を製本して友達に配ったこともあるし、 それを出版社に持ち込んだこともあります。
だけど返ってくる反応は必ずしも好意的なものではありません。 たぶん数からいうと、好意的なものの方が多いんだろうけれど、 自分に向けられた10の言葉のうち、9までが褒め言葉だったとしても、 「こんなの誰が読むの?」といった言葉が一つでも混じっていたりすると、 もう、残りの9を信じることができなくなります。

人というのは不思議なもので、"好き"だという意思表示は「わたし」を主語にして言う。

「"わたし"は好きだわ」

と。ところが、"キライ"という意思表示は、多くの場合、こんな風に語られるのです。

「"誰も"こんなの読む人はいないよ」

と。だから褒め言葉は分が悪いのです。 たった一人の意見として語られる褒め言葉に対し、 批判はいつも不特定多数を主語にして語られるから。

"誰も"。そういった曖昧な主語を、頭から信じるわけではありません。
だけど、ワープロのキーボードを前にする度に、その言葉に苛まれる。
「書いても無駄なんじゃないだろうか」と。
もともと書くのは楽しいばかりではなく、 思うように表現できなくて投げ出したくなることがしょっちゅうです。 そういう時、"誰も‥"という言葉は、 目の前に立ちはだかる高い山を取巻く有刺鉄線になります。 "わたしは好きよ"という優しい春風のような追い風を背に受けていても、負けてしまう。

「どうせ書いても無駄なんだし」
自分にそんな言い訳をして、キーボードを打つ手を止めてしまう自分が嫌でした。
確かに、ペンで生計を立てているわけではないから、 どのみち「無駄」といえば「無駄」なのです。
だけど、目に見えぬたくさんの"誰か"の陰におびえて、書くことしかできない自分が、 そのたった一つのことを諦めてしまうのが許せなかった。

だから、誰に何を言われても、一銭にもならないと分かっていても、 とにかく"続ける"という経験をしてみたくて、サイトを始めました。 "続ける"ことができれば、もしかしたら何かが見えてくるかもしれないと思ったのです。

批判より褒め言葉を信じられる自分になれるかもしれない
人の批判が怖くない程度に打たれ強くなれるかもしれない
たまにはわたしの文章を気に入ってくれる人が現われるかもしれない
少しは文章も上達するかもしれない
書くことが習慣になって、淡々と書けるようになるかもしれない‥

そういう期待をなるべくしないように、と言いつつ実は大いに期待しつつ、 2年前、旅行サイトを立ち上げました。
本当は、一番人に読んでもらいたかったのは、 むしろこの「いつものきりんとうさぎ」で書いているような文章だったのですが、 当時はこれを公開する勇気がありませんでした。批判を受け取るかもしれない、 それどころか、本当に誰にも読んでもらえないかもしれない。それが怖かった。
旅行に関することなら当り障りも少ないし、 とりあえず"情報"としての価値で、ある程度読んでもらえるだろう。そう踏んだのです。

「石の上にも3年」ということわざのとおり、 まがりなりにも3年続ければ何かが見えてくるかもしれない。 だから何があっても、とにかく3年は絶対に続けよう――そう思って始めて早2年。
何か見えてきたか、というと、甚だ心許ないけれど、 少なくとも、この「いつものきりんとうさぎ」を立ち上げる自信がつきました。 たぶんきっと、「いつもの‥」を3年続けたら、本当に何かが見えてくると思う。 そんな気がします。もし見えなかったら、そこからまた3年続けようと思います。

言葉で表現すること。それはうさぎが持っている唯一の翼です。 でも、その翼を用い、世間に向かって表現することにどんな意味があるのか、 それはまったく分かりません。
だけど書くことしかできないんだもの、書くしかない。
意味など分からなくても。もしかしたら意味などないかもしれなくても。
意味を考えずにいるのはとても難しいことだけれど、敢えて考えないことにしました。

意味を見つけ出せるほどに賢ければいいのに
意味を考えないでいられるほど馬鹿だったらいいのに

賢くなるのは無理そうだから、馬鹿になる方を選ぶことにしました。