2003年5月26日 HOME、MY SWEET HOME(その8) 確信

マンション購入から入居までは、一年以上の期間がありました。 それはきりんとうさぎにとって、婚約から結婚までの期間でもあり、 うさぎはこの二つの大きな楽しみを「待つ」楽しみまでも手にいれました。

きりんとうさぎはときどき、電車を乗り継ぎ、更に駅からバスに乗って、 自分たちの買ったこのマンションを見に行きました。 自分たちの住まいがすこしづつ形を成していく様を見るのは、なんともいえない喜びでした。

ある日、いつものように住まいを見に行った帰りのこと。 駅前の不動産屋をふと見やると、見慣れた名前が目に入ってきました。 うさぎたちのマンションの名前です。 うさぎたちのマンションの一室が売りに出ていたのです。 まだ入居が始まってもいないというのに。

広告にそっと顔を近づけると、その価格が目に入りました。 うさぎたちはその価格にびっくり仰天しました。 なぜなら、その部屋が分譲された価格よりも、1000万円も高く売られていたからです。

うさぎたちは顔を見合わせ、黙りこくったまま、不動産屋の前を離れました。
そして二人でそのまましばらく歩きました。

10メートルくらい歩いたでしょうか。
そこで二人はこらえきれなくなって、同時に叫びました。

やった〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!

やったー! やったー!!
二人は肩を抱き合って、大喜びしました。

たった一日で下した決断、その決断の正しさが、今ここで証明されたような気がしました。
本当はずっと、どこか心細かったのです。
もしかしたら、自分たちの下した決断は間違っていたかもしれない、と。
35年もの高額のローンを背負うに見合うものを、 本当に自分たちは手に入れたのだろうか、と。

その答えが知りたくて、何度も物件を見にきていたのです。
自分たちが買ったのは良い物件であることを確かめるために。
このマンションを自分たちが気に入っていることを確認するために。

だけど、この1000万円の上乗せ価格は、 ささやかな疑いを吹き飛ばして、まだおつりが来ました。

自分たちは、もしかしたらものすごい幸運を手に入れたのかもしれない
あの日、工場に出張にならなかったら、
あの日、食堂で昼食を食べなかったら、
この物件の広告が目に入らなかったら、
不動産部に電話することを思いつかなかったら、
そして何より、 もしもあのとき、すぐに決断を下さなかったならば逃していた幸運を、
手に入れたのかもしれない

きりんとうさぎはそう思いました。

当時、きりん27歳、うさぎ25歳。 二人は幸福の真っ只中にいました。
無邪気な万能感すら、胸の内に生まれていました。

前途は洋々と開け、未来には一点の曇すら見当たらない。
このまま一生、二人でこの幸運路線上を走っていかれるはず――。

きりんとうさぎはそう信じました。
時代はどこまでも、目の前にある道の延長線上にあるものだと信じきっていました。
風向きはいつしか変わることもあると理解するには、まだ若すぎたのです。