2003年7月24日 ブルネイ旅行記(その12)

7月22日からのつづき。

うさぎって、やらなければならないことがあるときに限って、 何も今やらなくてもいいことを始めたりします。 最近も、「ブルネイ旅行記を完成させなければっ!」と思えば思うほど、 ほかのことに逃避したくなる始末。 おかげさまで、ここ1年くらい棚上げしていた 掲示板の過去ログ編集作業を終えることができました。

ま、スパイダーソリティアでたらたら遊ぶよりは、生産的な逃避方法だったかな、と。

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【 ブルネイ旅行記12 第二夫人のモスク 】

昨日王宮から帰る途中、なんとも美しいモスクの前を通りかかった。 ドームの丸屋根がグリーンがかった色味の石で出来ており、なんともシックで上品な佇まい。 やはり車窓から見た純金製の屋根を載せた絢爛豪華なモスクや、 エンパイアのこれみよがしな贅沢さとはまた違ったその風情にハッとした。

早速古屋さんに「あれは?」と問うと、
「第二夫人の所有しておられるモスクです」という返事が帰ってきた。

「ははあ、なるほど」とうさぎは頷いた。
王宮でお目にかかった第二夫人は若草色をお召しだった。
お声は爽やかで、木々の緑を思わせた。
控え目なグリーン、瀟洒で品の良い佇まい――このモスクのイメージは夫人そのものだ。
半ば第二夫人のファンになりかかっていたうさぎは、 後日ぜひこのモスクを訪ねようと、そのとき心に決めた。

そして、その翌日である今日、早くもそのチャンスは巡ってきた。
古屋さんに車を手配してもらい、市内観光に出かけるついでに、 このモスクにも寄ることを思いついたのだ。

モスクに到着し、 グリーンの瀟洒なフェンスに囲まれた敷地内の駐車場で車を降りると、 聞こえてきたのは、

テス、テス、マイクのマイクのテスト中〜!

もちろん日本語でも英語でもないから、本当にそう言っていたかどうかは分からない。 だけど、何か一言つぶやいてはマイクをトントン叩く音がすることから、 マイクの調子を試していることだけは確かだ。 アラビアンナイトに出てくるような王国ブルネイが、 こういうところはしっかり現代社会なのが可笑しい。

車を降りてしばらく写真やビデオを撮る数分のうちに、頭がクラクラしてきた。 とにかく暑いのだ。 運転手のカエリさんが、 「その回廊をずっと行って本堂を見て来られたら?」と勧めてくれたので、 そうすることにした。

回廊のひさしの影の中に入っただけで、暑さはだいぶ和らいだ。 そこを通っていくと、本堂の入り口には下駄箱のようなところがあって、 ほかの人々は靴を脱いで、大広間に上がっていた。 うさぎたちもそれを真似、モスグリーンの石版が掲げられたアーチから、 はだしになって本堂の前の広間部分へと上がった。

本堂の前の広間はがらんとしていた。 ときおりムスリムの小さな子どもたちが、うさぎたちをしげしげと見ながら通ってゆく。 床には濃淡の2種類の石がモザイク状に敷き詰められ、開口部は古風なアーチ型。 だけど、天井では電動のシーリングファンが回っている。

大広間から更に入る幾何学模様を施した金属製の重厚なドアの向こうが いよいよ本堂だった。 扉の外からそっと覗くと、細工を施した高い丸天井が、いかにも 「どうです? 綺麗でしょ?」と言っているような気がした。 うさぎはむらむらとこの美しい丸天井を写真に収めたくなった。 重厚なドアにつかまったまま、うさぎは本堂に足を踏み入れようかどうしようかと迷った。

その誘惑に打ち勝つのは大変だった。
本堂の中にいるのはほんの数名の信者だけ。 それも、入り口から一番離れた一番奥の方に固まっている。 うさぎがほんの2、3歩、本堂に足を踏み入れて そこでシャッターを切ったとしても、たぶん誰も気付きはしないだろう。

だけど、モスクの本堂の中では写真を撮ってはいけないと、どこかで読んだ。 宗教がらみでタブーを侵したら、どんな展開が待っているか分からない。

ここに長くとどまるのは危険だ、とうさぎは思った。 ここにいたら、そのうち誘惑に負けて、シャッターを切ってしまうかもしれない。

「そろそろ行くよ」とうさぎが言うと、 「あれ、もういいの?」ときりんが意外そうな顔をした。 わざわざ車を止めてやってきた意気込みの割には、短い滞在時間で満足するんだな―― 彼はそう思ったに違いない。

つづく