2003年10月20日 通り魔

最近、立て続けに三回、街で不愉快な目に遭いました。 自転車を走らせていたら、前からきた自転車とぶつかりそうになり、 その相手に怒鳴られたのです。

「気をつけろ!! 危ねえじゃねえか!!」

――そうおっしゃるあなたも危ないんですけど‥。 お互いにぶつかりそうになったのだから、お互いさま。 「ごめんなさい」と双方で軽く謝り合えば済む話なのですが。

いつもなら自分の方から謝るうさぎも、 いきなり怒鳴られては、謝る気をなくします。 怒鳴る相手にはしらん顔。無視を決め込んで通り過ぎます。

でもそうすると、今度は後ろから悪辣雑言をぶつけられたりすることも。 「ブス」、「オバン」「ざけんじゃねえ」‥。 矢継ぎ早に、思いつく限りの言葉をぶつけてくる。
こうなるともう、"通り魔に遭遇した"と思うより他はありません。 聞こえないフリをしてさっさとその場を離れますが、 こういうときふと、"権力が欲しいなあ"、と思ったりして。 もしうさぎがVIPで、後ろにSPが控えていたりなんかしたら、 絶対こういう目には遭わないだろうになあ、と。

今日は特に、怒鳴られたのがうさぎではなくチャアだったので、 余計やるせない気分になりました。
「ああいう輩がときどきいるのよ。だから気にするんじゃないよ」 うさぎはそう言って、チャアの肩を抱き寄せました。

まだわたしが一緒にいるときでよかった。
チャア、あなたのことは、ママが守ってあげるからね――。

ちょっとはいいことがないと、と思って、 二人でハンバーガーとポテトを買って食べました。
人をいきなり怒鳴りつける人というのは、きっと普段、自分が怒鳴りつけられている人。 自分が傷ついているから、人を傷つけずにはいられないのでしょう。 "不幸"というウィルスは、こうして人から人へ、感染していくのです。 この"不幸"ウィルスは、ここで食い止めなくてはなりません。 すぐにワクチンを打って、感染を防がないと。 美味しいものを食べるのは、"不幸ウィルス"への感染を水際で食い止める一番のワクチンです。

ところで、街で出会う"通り魔"は圧倒的に男性です。 女性の"通り魔"には出会ったことがありません。 たぶん、女性は世間体を気にするので、街で人にツバを吐きかけるような真似は、 どんなに精神状態がすさんでも滅多にしないのでしょう。

だけど人が誰も見ていないとなったら、とことん意地悪になれるのはむしろ女のほう。 これも、"降って湧いたような災難"という意味では、"通り魔"と何ら変わりはありません。 むしろ一過性でない分、始末が悪い。慢性化する不幸ウィルスが感染ってしまいそうです。

友だちがこんな話をしてくれたことがあります。

それは以前、彼女がOLだった頃のこと。 とある小さな会社で事務をしていたのだそうです。 同僚は年配の女性がたった一人だけ。 二人で顔をつき合わせて一日中、狭い事務所にいたのだそうです。

ところがこの年かさの同僚は、どうやら彼女のことが気に入らなかった様子。 彼女とは一切口をきいてくれなかったのだそう。 「おはようございます」の挨拶すら、無視。 必要な伝達事項でさえ教えてくれない。
「朝の9時から夕方の5時まで冷たい沈黙に耐える毎日って、 うさぎちゃん、想像できる?」と彼女は言ったものです。 「でも田舎だし、そこを辞めたら他に勤め口があるのかと思うと、不安だった。 だから、辞めたい辞めたいと思いつつも、ずっと踏ん切りがつかなかったの」

そんなある日、彼女は通勤途中で"通り魔"に遭ったのですって。 駅のホームで、見ず知らずの男性にいきなり頬をパシーン!と思いっきり打たれた。

「その瞬間、会社を辞めようと決心したの」と彼女は言いました。 「だってその時わたし、その通り魔の気持ちが分かっちゃった。 それがショックだったの。通り魔の気持ちが分かるようになっちゃおしまいだと思って」

「考えてみたら、わたしも"通り魔"になる寸前だった。 この辛さを誰かにぶつけたくてしょうがなかった。 そんな気持ちになる環境に、自分を置いておいたらダメだと思ったの。 このままじゃわたし、ダメになっちゃうと思った。だから逃げ出すことにしたのよ」

――ああ、どうして彼女が通り魔になんかなるでしょう。 通り魔さえ、自分の肥やしにしてしまえる彼女に。 人はときに、我慢をしてはいけないのです。

また別の人に、こう言われたことがあります。

うさぎちゃん、波長の合わない人は避けなさい。
決して深く接してはいけないよ。
なるべく自分にとって良い環境を選びなさい。
自分の好きな自分でいられるように。

‥だから、今日みたいな日は、早く居心地のよいところに避難しなくては。
自分の好きな自分を守れるように。