2004年10月5日 クララ(by ネネ)

くるみ割り人形

今回、私はバレエの発表会で、「くるみ割り人形」のクララ役を踊りました。 クララを踊ることで体験できたこと、思ったこと、感じたこと。 それをこれからここに書きたいと思います。

本番までのいきさつ

5月ごろのこと、先生に「クララをやらないか?」といわれた時、 断るという選択肢は私にはありませんでした。 4月のコンクールで同じ教室の友達が入賞し、 入賞できなかった私は置いていかれたような気分になっていました。 このクララ役は、私の最後のチャンスのような気がしたのです。 これを断ったら次はないような気がしました。 だから、すぐに引き受けました。

けれどその時、足はがくがく、手はぶるぶると震えていました。 何か恐ろしいものを背負ってしまったような感じでした。 「主役」という言葉は私には重過ぎました。 主役なんだと頭のどこかでは分かっていたと思います。 けれど、そうは思いたくなかった。

「クララは主役じゃない」

それから1週間くらい経つうちに、わたしはそう考えるようになっていました。 他の人に主役だといわれても、主役じゃないと否定していたし、自分でもそう思っていました。 実際、発表会の練習をしていても、主役じゃない気がしていました。 出番はそう多くはないし、他の人よりも踊りが難しいようには見えない。 やらなくてもすむところは出来る限り削られているんだと思っていました。

けれど、本番直前になると、いきなり振り付けがどんどん増えていきました。 ゲストの先生方との練習もたくさんありました。 前日の舞台稽古が迫った前前日の日、初めて「ああ、主役なんだ」と思いました。

振り付けがすべて終わったのはこの何日か前で、覚え切れていないところたくさんありました。 踊りが頭に入らないほどある。 これは初めてのことでした。 発表会の前日の日になってもまだ、出忘れた場所がたくさんありました。 フリすらも分からないところが踊りでうまく踊れるはずがありません。

たくさんの人にたくさんのところを注意されました。 一番多かったのは、「笑顔で踊ること」でした。 たくさんの人が気にかけてくれるのに、主役なのに、踊れないなんて許されません。 何度も繰り返し自分のフリをリピートしました。 そうすると、なんだか全部フリが判ったような気がしました。 一つ一つをしっかりと覚えて、今までに注意されたことを繰り返すと、 そのフリをやっている時に思い出せるようになりました。 一番よかったのはたぶん天気がよかったことだと思います。

本番当日。 この日はあいにくの雨でした。 会場に着くまでは地獄のようで、失敗するような気がしていました。 でも会場に着いて、髪を結ってもらうと、きゅっと気持ちが引き締まったような気がしました。 会場内で移動していると雨が気にならないのではなく、雨を気にする暇も余裕もなくて、 雨のことなんて忘れてしまいました。

当日は、時間がなかったので、バーレッスンもろくに出来ませんでした。 けれど、バスの中や歩いている時、ずっと上体を引き上げるのを心がけていたのがよかったのか、 状態がきゅっと引き締まって、足もアンディオールに開きました。 毎日の心がけが大切なんだと、このときは本当にそう思いました。

それに、たくさんの人が私に話しかけてくれたのがうれしかったです。 小さい子達はわいわいがやがやと、悪く言えばうるさかったけれど、心が温まりました。 お姉さんたちにはたくさん注意されたけど、それも私を思ってのことだと分かっていました。

「がんばってね。」
たくさんのお姉さん方、何人にいわれたか分からないほどたくさんの人から言われました。 自分のことを見ていてくれているんだと思うと、とてもうれかったです。

それにたくさんのスタッフさん。 いつもはそんなに関わりあいのない人々でした。 もちろんいつもお世話になっていたのですが、直接話しかけられたり、
「ここはこうですか?」
「ここはこちらへ来てください。」
「がんばってください!」
ただの雑談で笑いあったりをしたのも初めてで、とても身近に感じられました。 こんなに気さくな人達だったんだな。 いつもはまじめな顔で、話しかけられるような感じではなくて、挨拶もろくに出来なかった人達。 そんな人々と少し近づいた感じがしました。

そして、ゲストの先生方。 一番楽しかったのはやっぱりゲストさんたちとの交流です。 今まで雲の上の人だと思っていて、話しかけていいのかと迷ってしまう人達だったのですが、 今回はわりとどの方とも挨拶が出来たように思います。 他の人が「挨拶しても返してくれない!」といっていた方にさえ 挨拶を返してもらえたのでとってもうれしかったです!

一緒に踊っていただいた三人のゲストの先生方は、どなたもみなとても優しく、 ポロッと口から出てしまった愚痴などにも応答してくださいました。 そのおかげでリラックスしたのか、本番も本当に緊張しませんでした。 クララの気持ちと私の気持ちが一体化していたような感覚があって、 クララのクリスマスの喜びは、私の主役を踊れる喜び、 クララがくるみ割り人形をもらった喜びは、わたしがたくさんの人からもらった応援の言葉の喜びでした。 クララになりきろうとわざわざ思わなくても、いつの間にかクララと自分が重なっていました。

よく、お客さんはみんなかぼちゃと思えば緊張しなくなるというけれど、 踊っている時の私は、かぼちゃどころか、その存在すら忘れていました。 いつもは会場に並んでいる大勢のお客さんの姿を見た瞬間、カーッとあがってしまうのに。 今思うと、舞台に立ってから、踊りだすまでの時間が長かったのがよかったのかもしれません。

いいたいことはたくさんあります。
でもこの発表会を一言で表すと、いままでで一番楽しかった、 いままでで一番バレエを楽しいと思った発表会でした! 毎日が発表会だったらいいのに、と本当に思います。 本番が終わったときには、「この夢からいつまでも醒めたくない」という気持ちでした。

トウシューズのサイン

ゲストの先生がたとのエピソード

エ:エンバー・ウィリス先生(くるみ割り人形)、
高:高木祐次先生(クララの弟フランツ)、
佐:佐藤崇有貴先生(ドロッセルマイヤー)です。

ゲネプロにて
私:「土踏まずが筋肉痛で痛い;;」
エ:「それはいいことだよ。そこが弱いってことだから。」
私:「それっていいことなんですか!?」
エ:「うん。鍛えられてつま先が伸びるようになるし、甲ももっと出るようになるよ。」
(ちょっと話が噛み合っていない‥??)

ゲネプロ 舞台袖で
私:「エンバーさん、二幕とところでいなくなっちゃうんですか? いてくださいよ。一人じゃ寂しいじゃないですか。」
エ:「そう? でも、ぼくはかっこ悪いから誰も見たくないよ。」
私:「えっ!? そんなことないですよ。エンバーさんはかっこいいです! 本当に!」
エ:「そんなことないよ。」
私:「本当ですよ。それだったら私のほうが‥。」
エ:「君はみんなが見たがってるからね。ぼくはそうじゃないから。」
私:「本当にそんなことないですよ!!」
エ:「本当? 信じられないな。」
私:「本当です。信じてください!」(多分信じてくれたと思う。)
「‥あっ、でも、仮面はかっこ悪いですけど。」
エ:「ああ。あれはね。」
私:「エンバーさんかっこいいのにわざわざかっこ悪い仮面をかぶることないのに。」
エ:「ぼくもあれをかぶって鏡を見たときびっくりしたよ。」
私:「私も最初見たときは本当にショックでした。」
エ:「でも、あれをかぶらないとお話がうまくいかないからね。王子様になるところが。」
私:「そうですね。」

私:「やっぱりエンバーさんにはニ幕のとき、ずっと隣にいてほしいなあ(まだ言ってる^^;)。 だって一人だと夫に逃げられた妻って感じじゃないですか。」
高:「それは言いすぎだろ。」
私:「そうですか? じゃあ、彼氏に逃げられた彼女?」
高:「うん。そのくらいにしておいたほうがいいと思うよ。」
(後ろでは佐藤先生が笑いをかみ殺していた‥。)

私:「二幕背筋を伸ばしてずっと座ってるのってつらいですね。 でも、背中を丸めているよりは楽ですけど。」
エ:「でも、普段から背筋を伸ばしてたらもっと楽になると思うよ。 ぼくも崇有貴もそうだけど、いつも姿勢をよくするようにしてるとそれが普通になっちゃうからね。 本当は首が痛い人とかも、首を曲げてないで、背筋を伸ばしたほうがいいよ。」
私:「そうですか。 佐藤先生っていつもなんかその‥歩き方が緩やかですよね。」
佐:「悪かったね。」
私:「えっ! ほめてるんですよ! いいことじゃないですか!」
佐:「えーっ。」(と、言いつつもなぜか笑っているような顔だった。)
私:「本当にほめてるんですから! 本当ですよ!!」

ゲネプロ 二幕で玉座?に座っているとき
私:「二幕っていろいろな人達に挨拶するじゃないですか。 そういうとき、普通にみんな同じように挨拶するか、 それとも中国なら中国風に、スペインならスペイン風、のようにその国らしく挨拶するのと どちらのほうがいいんでしょう?」
エ:「うーん。本当は中国風にしたりすると、その国を馬鹿にしてることになるんだ。 だから遊ぶ感じでするならいいけど、あんまりそれはしないほうがいいかもね。 それよりも、気持ちを込めて、ありがとうって感じで挨拶すればいいかもしれない。 バレエ団でもよく遊ぶんだよ。 オランダ人の奴隷って言うのが一人のはずだったんだけど、本番になぜか二人いたんだ。 でも、みんなやることはやってるからばれなかったと思うよ。 ばれてたらやばいけど。 お客さんが面白いからと思って遊ぶんだしね。 フリにはないのに奴隷を縄でぐるぐる巻きにしたりとかもしたし。」

本番 一幕が始まる前 舞台袖で
私:「佐藤先生! サインください!」
佐:「えー。 くさいトウシューズにー? やだなー。」
私:「すいません。」
佐:「じゃあ、アダージオがうまく踊れたらやってあげるよ。」
私:「本当ですか!? がんばります! ありがとうございます!」

本番 二幕が始まる前 舞台袖で 子供たちがなぜか私のことを変だと言っていた。
私:「エンバーさん、佐藤先生。 私って変ですか?」
佐:「えっ何? 聞いてなかった。」(エンバーさんはニコニコ。)
私:「いや、私って変ですか?ってきいたんですけど。」
佐藤先生、まじめな顔で私を見る。
佐:「変。」
私:「えっー!! どこがですか!?」
佐:「そういうところが。」 (佐藤先生ふっと笑う。)

本番 アダージオが終わって舞台袖で
私:「どうでした?」
エ:「よかったよ。 やっぱり自分の行ったことを実行してもらえるとうれしいね。 ぼくも笑顔になったよ。」 (おそらく、手をとるところでにこって笑ったところだと思う。 でも、わたしからすると、エンバーさんがニコって笑ってくれたから、私も自然に笑えたんだと思う)

私:「佐藤先生! アダージオどうでした!?」
佐:「うーん。 ちょっと、ピルエット危なかったよね。」
私:「えーっ! いいじゃないですか! サインお願いします!!」
佐:「だめ。 ああよかった。 すっぱいトウシューズにサインしなくて済んで。」 (佐藤先生笑う。私は本気で頼んでいるのに‥。)

本番終了後
私:「写真屋さん!撮ってくださいお願いします。 あっ、佐藤先生も来てくださいよ。ほら、両手に花って感じで。」
佐:「なにそれ?」
私:「だから、エンバーさんと佐藤先生が横にいるから、両手に花って感じなんです。」 (佐藤先生、一瞬笑った?)

本番が終わって、
私:「佐藤先生! お願いです、サインしてください!」
佐:「今顔を洗ってるんだよ。見れば分かるだろ。」(佐藤先生、実はまだ顔を洗っていない。)
言うのと同時に佐藤先生、顔を洗い出す。わざとらしく、泡をべチャっと顔につけてこちらを向く。
私:「お願いします! 顔を洗い終わってからでいいですから!」(私、笑ってしまった。)
佐:「そう? じゃあ待っててよ。」
佐藤先生顔を洗い終わる。時間をかけて顔を拭いているように私には見えた。
私:「サインお願いします。ちょっとでもいいですから!!」
佐:「エンバーは?」(サインをしながらたずねる。)
私:「もうもらいました!」
佐:「市川は?」(注:市川透先生のこと)
私:「えっ! いや‥一緒に踊ってないし‥。」(佐藤先生、一瞬無言になる。)
佐:「ああ、すっぱいすっぱい。ファブリーズしてこなかったでしょ。」
私:「えっ、すいません。してきませんでした。」
佐:「はい! 大事にしてよ。」(サインを書き終わる。)
私:「はい! 大事にします!」
佐:「ほんと面白すぎ! そのキャラクター大事にするといいよ!」 (ゲスト用のドアに入りかけながら顔をこちらに向ける。)
私:「‥? ありがとうございます。」