 
	レセプション近くの廊下に面した植え込みの奥に、南太平洋の民芸品を取り扱った店がある。 他の店は夜遅くまで営業しているが、この小さな店だけは夕方には閉まってしまうので、 いままで覗くチャンスを逸してきた。 それで最終日の今日は、チャアと一緒にわざわざプールサイドから覗きに来てみた。
廊下を歩いている人に見えるように、窓枠に商品を置いたり吊るしたりしているこの店はとても魅力的。 商品は木彫りの民芸品が主で、中には南国ならではの材料で作ったクリスマスリースなども。 店の入口には太ったフィジアンの娘が座って、店番をしていたが、 彼女もまるで店内に並んだフィジーの民芸品の一部のよう。 その素朴な風貌といい、のんびりした感じといい、とてもこの店の雰囲気に似合っていた。
店内でフォークにしては幅の広い木彫りを見つけ、「これは一体なに?」と彼女に尋ねてみた。 すると、彼女は「クシよ」と答えた。 頭を梳かすクシにしては、クシ部分がやけに長く、しかも持ち手の部分が横ではなく、 フォークのように縦についている。妙な形だなと思っていると、彼女は自分の髪をそれで梳かして見せた。 なるほど、フィジアンのフワフワのアフロヘアを梳かすには、この形が都合がいい。 直毛でぺっちゃんこの髪の日本人は髪の分け目から下へ下へと梳かすが、 縮れた髪が頭皮から垂直に突っ立つように生えている彼女たちは、首の後ろや耳の脇の地肌付近にこのクシを差し込み、 毛先へと髪を梳くのだ。
	彼女がクシで髪を梳いている姿は何とも可愛らしく、うさぎはそのフワフワの髪を触ってみたくなった。
	「ねえ、あなたの髪、素敵ね」と言うと、彼女はちょっとびっくりしたような顔をして、それからはにかむように、
	「でも、あたしはこの子のような髪にあこがれてるんだー」とチャアの真っ直ぐな髪に手をやりながら言った。
	
	その後もなお商品を見つづけていると、突然、彼女が声を潜めて手招きしながら言った。
	「ちょっと! こっちへ来てごらん!!」
	一体何事かと彼女の脇に寄ると、彼女はうさぎに耳打ちするように言った。
	「あの廊下を歩いている男女をごらんなよ。あれは夫婦だと思うだろ?」ああ確かに、
	白人の中年カップルが肩を揃えて廊下を歩いている。彼女は一段と声を潜めて続けた。
	「でも、あれは夫婦じゃないね。歳が違いすぎる。あたしの見たところじゃ、ありゃ父親と娘だよ」
	意味深な目つきで彼女はうなずく。
	
	‥父親と娘、だから何?!  わざわざ人を呼びつけてまで耳打ちするほどのことだろうか?
	まだ「老人とその若い愛人」とかならオチにもなろうが‥。
	「あなたの言う通りかもね」とうさぎは適当に話をあわせつつ、思わず笑ってしまった。
	ここは人間ウォッチングをするには最適な場所だ。
	この娘は、きっとここで店番をしながら、廊下を行き交う人々を一日中眺めては、
	「この人はこんな人だろうな」とか「きっとどこそこから来たんだな」などと想像しながらヒマを潰しているのだろう。
	
	彼女はうさぎに関しても、想像たくましくしていたらしく、
	「ね、アンタのご主人は日本人じゃないだろう?」としきりに言った。
	「いえいえ、日本人ですことよ」とうさぎは言ったが、彼女は疑うような眼差しでうさぎを見る。
	「そう? 本当に? ゼッタイこの人のダンナはヨーロピアンだと思ったんだけどな」と彼女。
	おいおい、ヨーロピアンのダンナを持ってたら、もっと英語が流暢だって‥。
	第一、父親が白人だったら、チャアがもっとバタくさい顔をしているはずでしょ。
	‥この娘の人間観察眼は、まだまだ未熟。ミス・マープルにはなれそうにない。
	もうちょっとここで修行を積まなきゃね。