 
	「ママ、そろそろ起きないかい? もう9時過ぎだよ」ときりんの声。 うさぎが目覚めると、昨晩が遅かったというのに、あとの3人はもう起きていた。 きりんなど、既にビデオ片手に朝の散歩に行ってきたという。もしかして、ほとんど寝てない?
窓の外を見ると、朝の眩しい光の下、広大な景色が広がっていた。 南西の角部屋から見下ろすゴルフコースのグリーンは遠くの山々まで続き、北の小窓からは、 オレンジ色のスペイン瓦を載せた瀟洒なラクエスタの別棟と庭園、それに美しい白い柱に囲まれたプールが見えた。 その広大な景色の中、宿泊者らしき人の姿は絶えてなく、植木を刈り込むスタッフの姿がときおり目に入る。 まるでうさぎたちが唯一の宿泊者みたい。
	今日の朝食はホテルのメインダイニング、ゴールドクラブでとることにした。
	宿泊棟であるラクエスタを出て、クラブハウスへ。ロータリー状になったラクエスタの車寄せへと歩いていくと、
	レオパレスのマークのついたワゴンがすいっと近づいてきて、うさぎたちをクラブハウスへと運んでくれた。
	まるでお抱えの運転手みたいに。
	
	「ちょうど車がいて、ラッキーだったね」とうさぎが言うと、きりんが言った。
	「うーん、ラッキー――かなあ?? さっきゲートの方まで行ってビデオを取ろうと思って歩いていたら、
	やっぱり車が近づいてきたんだよ。で、乗れ、って言うからさ、つい車に乗ってクラブハウスに行っちゃったんだよねー。
	ほんとはゲート付近でビデオを取りたかったんだけどさー」
	「‥それって、車のせい?  どうしてもゲートまで歩いて行きたいなら、断ればいいんじゃないの?
	それに、ゲートまでだって、言えば連れていって貰えたかもよ」
	「そうなんだけどさぁ‥」ときりん。わかるわかる。英語で断るのが面倒臭くて、つい言いなりになっちゃったんでしょ。
	
後から分かったことだが、実はロータリーに車が待っている状態は、ラッキーでも何でもなかった。 いつだって車が待っているのがここの「当たり前」だったのだ。 ラクエスタからクラブハウスまで、歩いても数分の距離をゲストが移動するために、車はいつもここに待機していた。 そして、他の宿泊者の姿はとんと見当たらないものだから、 どうもその車はうさぎたちのためだけに存在するような気がしてならないのであった。
	この美しい風景と、この贅沢なサービスを独り占めできるとは、なんという贅沢だろう!
	その贅沢に感謝しながらも、
	
「こんなんでやってかれるのかな?」
	というセリフが口をついて出る。これだけの大リゾートにして、この宿泊者の影のなさ。
	こんなにお客が少ないリゾートで、経営が成り立つのだろうか?
	考えてみれば、ゆうべ飛行機に乗っていた400人あまりの乗客にしても、レオパレスに来たのはうさぎたちだけだったし――。
	
	ラクエスタは三棟あるが、現在使用しているのは二棟だけで、あと一棟が「建築中」ということになってはいるが、
	どう見てもすっかり完成している。
	他にここにはクラブハウスの斜め向かいあたりに巨大なホテル棟があり、
	これまた「建築中」ということにはなってはいるが、建物の躯体は完全に出来上がっていて、
	未使用のまま雨ざらしになっている。どうやら、供給力の大きさに対して、需要が全く追いついていないらしい。
	想像するに、もしかしてこのリゾートは日本のバブルまっさかりの時期に構想されたのではなかろうか。
	まず「ゴルフ場」というアイテム自体がいかにもだし、
	クラブハウスの分かりやすいゴージャスさも「バブル様式」とうさぎが呼ぶところのものっぽいし、
	そこに「需要の読み違え」とくればもう、バブル時代の基本アイテムは揃った、時代考証はカンペキって感じ。
	不況まっただなかの冴えない日本を脱出して、7、8年前の、あの楽しかった時代にタイムスリップしたみたいだ。
	
	でも。贅沢な部屋、広大な自然、行き届いたサービス‥この素晴らしい環境を独り占めできるのは嬉しいけれど、
	本当に経営が心配になってしまう。
	もっとも今は冬休み前のオフシーズン。きっとあと二週間して、冬休みにでも入ればここも混んでくるのだろう。
	
この素晴らしいリゾートを存続させるために、どうか、そうでありますように。