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	今夜はシェラトンのイタリア料理店、"Ferns"(フェルンズ)へとやってきた。
	このレストランは長いプールのどん詰まりにあり、プールサイドの気楽さでサンドイッチなどをデッキチェアに運ぶ、
	お洒落だがカジュアルなレストランだった。
	昼間にきりんがメニューをチェックした際「ロブスター」の文字を見つけ、ここに決めた。
	
「欧米系ホテルのレストランに夜行く時は、ドレスアップすること!」 とJTBの旅の心得に書いてあったのを思い出し、一応、持ってきた衣類の中で一番マシなのを着ていった。 「サンダルでいいよね」というきりんにもスニーカーに履き替えてもらった。
	ところが。それでもうさぎたちは場違いだった。
	昼間カジュアルだったプールサイドのレストランは、夜になった今、グッとシックなムードに変わっていた。
	いわゆる「ファインダイニング」に変身していたのだ。
	灯りはテーブルに置かれたキャンドルのみ。
	まわりの客はヨーロピアンばかりで、「ドレスアップ」という程ではないにしろ、きちんとした恰好をしている。
	女性はパンプスを履き、男性もポロシャツなど襟のあるものを着ている。
	うさぎは何だか居心地が悪くなってしまった。きりんはTシャツに短パン、うさぎもスニーカーだ。
	しかもそれまで眠くてフラフラしていたチャアがテーブルにつっぷして眠ってしまった。
	何ともお行儀の悪い家族連れである。
	
メニューは、前菜、スープ、パスタ、肉料理、魚料理と、分けて書いてあった。 きっと各カテゴリーの中から一品づつ選ぶのがスマートなんだろうが、そんなに食べられそうにない。 結局、食べたいものだけ頼んだ。前菜 (ボイルしたロブスターのオーラルソースがけ) 、 肉のラビオリ、丸焼きロブスターのサルサソース添え、それにジュース二つとミネラルウォーターのボトルを一本。 飲み物のメニューには値段が書かれていなかったので怖くて、ジュースをケチってミネラルウォーターにしたのだ。
	さて、まず運ばれてきたのは、豪華なパンの盛り合わせ。
	きりんとうさぎはイタリアで入ったレストランを思い出して、
	「きっとこれは、頼んでもいないのに、食べても食べなくてもお金をとられるんだろうなー」と言い合った。
	それでもパンはおいしく、ボソッとしたのやら、バケットやら、薄い皮を細く巻いたのやら、いろいろあった。
	次に運ばれてきたのは、これまた頼んだ覚えのない小さなパテののった皿だった。
	これについてはウェイターが「サービスです」と言うので安心したが、ネネの皿は、
	ぼ〜っとしているうちに下げられてしまった。
	
	このあたりからネネの瞼もだんだん重くなり、結局食べたのはパンだけで、他の料理はほとんど食べずに、
	籐の椅子に深々と座ったまま寝入ってしまった。
	うさぎはいよいよ居心地が悪くなってしまった。
	大人二人が一つの皿をつつき合うのも欧米のマナーから外れているし、
	子供は二人ともグーグー眠っているし‥。誰かにマナーの悪さを指摘されたとしても、弁解の余地がない。
	料理はとてもおいしく、特にロブスターのボイルは絶品だった。
	だが、何だかこの場にいるのはいたたまれず、子供を一人づつ抱いて、そそくさと退散することにした。
	
部屋に帰りついてレストランの明細書をみると、いろいろと意外なことが分かった。 花とフルーツをあしらった素敵なジュースが一杯たった90バーツ(300円程度)で、 ミネラルウォーターのボトルが200バーツもしたこと。 なーんだ、ケチな考えをおこさずに、普通に4人分ジュースを頼んだ方が安上がりだった。 また、あの豪華なパンもタダだった。
	それにしても、この4日間、子供たちにはロクに夕食を食べさせていない。
	今晩同様、夕方に早くも眠ってしまって、毎晩夕食を食べさせそびれているのだ。
	「2時間の時差をもっと重く見るべきだったのかも」とうさぎが言うと、
	「そうだよ、子供たちには5時頃に食事をさせてしまえばよかったのかもしれない」と、きりん。
	「それで早く寝かせてしまえば、二人だけでファインダイニングにも行けるじゃん」。
	「そうすれば、子供たちの食事代も安く上がるしねー」とうさぎ。
	――こういうケチな人に、ファインダイニングは向かないのかもしれない、本当は。