Minnesota  ホストマザーに会いに

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【 プロローグ 】

アメリカからエアメールが届いたのは、2月中旬のことだった。
差出人は、ミネソタ州に住むうさぎのホストマザーだった。 うさぎは28年前、中学生のときに彼女のもとでひと夏を過ごしたのだ。

それは代筆の手紙だった。 本人の手によるのは最後のサインだけで、 その筆の運びが、彼女の老いを伝えていた。 手の震えを懸命に抑えつつ、やっとの思いで書き上げたサイン。 それは91歳で逝った祖母が晩年くれた手紙の文字にそっくりだった。

マム(お母さん)ももうそろそろ80歳。 体の不調を訴えるようなことは何も書かれていないけれど、 たどたどしいサインが彼女の体の調子が思わしくないことを物語っている。 うさぎは今すぐアメリカに飛んでいきたくなった。 だって、今彼女に会わなかったら、もう会えないかもしれない。

十数年前、ダッド(お父さん)が不治の病に冒されたとき、 うさぎは彼に会いに行かなかった。 子供がまだ小さかったし、まだ住宅のローンを抱えていて渡航費用が気になったし、 航空券の買い方も分からない。 様々な障壁がことさらにアメリカを遠く感じさせた。 なので検討すらしなかった。行かれるわけがない、とハナから諦めて。

でも今にして思う。
天国の遠さに比べたら、アメリカの遠さなんて、と。

確かに、会ってどうなるものでもないし、して上げられることなんて、一つもない。 だけど彼女に会いたい。 会ってお礼が言いたい。 多感な時期にマムと出会ったことで、人生に何らかの影響を受けたと思うから。 これまでの人生、幸せだったと思うから。

本当に行かれるかどうか分からない。
どうやって行くのか、そもそもいま彼女の住む街がどこにあるのか、それすら知らない。
いつなら行かれるのか。春か、夏か、それとも冬か。今年中か来年以降か。
そして、行くことが、マムにとって、うさぎにとって、本当に良いことなのかどうか。 ――何にも分からなかった。

だけど今回は、何も考えないうちに諦めるのだけはよそうと思った。 とにかく一歩を踏み出そうと思った。

そして一歩を踏み出してみたら――。

ミネソタは確かに遠かったが、どうしてもたどり着けないというほどでもなかった。

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