 
	ノースブランチから帰る道すがら、メアリーは車を運転しながらやけにニコニコしていた。 それにやけに頻繁にステラやシンディから携帯電話がかかってくる。 これから家に帰るというのに、一体何の用だというのだろう。
	何度か電話を受けたあと、メアリーはついにうさぎに白状した。
	「今日はね、ステラたちが七面鳥を用意しているのよ。
	七面鳥を焼くのは難しくてね、今日がステラたちにとっては初挑戦なの」
	メアリーは母親の顔でそう言った。
	それで分かった。
	メアリーは携帯で娘たちに七面鳥料理の指示を与えていたのだ。
	
	「七面鳥?」うさぎは尋ねた。
	「感謝祭だけでなく、独立記念日にも七面鳥を食べるの?」
	メアリーは笑った。
	「独立記念日に七面鳥を食べる習慣はないわ」
	「じゃあどうして――」
	「別に感謝祭でなくても七面鳥を食べることはあるのよ。
	食べたいときにはいつだって七面鳥を食べることにしているの」
	
	メアリーの家に帰り着くと、ちょうどステラが丸ごとの七面鳥をオーブンから取り出して、
	スポイトで汁をかけているところだった。
	「皮の表面が乾かないように、ときどきこうやって汁をかけるの」
	ステラは汁をかけ終わるとオーブンの扉を閉じ、
	何十分か経つと、また取り出して汁をかけた。
	
ステラが七面鳥に専念している間、シンディのほうは洗濯物をたたんでは戸棚に納めていた。 その姿を見て、うさぎはなんだか意外な気がした。 なんとなく、このきれいな家では、洗濯物がひとりでに畳まって勝手に棚に収まるような気がしていたのだ。
	七面鳥はオーブンに5時間ほども入っていたらしい。
	メアリーが状態を見て「そろそろいいわ」と声をかけ、シンディがオーブンからそれを取り出した。
	メアリーはなにやら険呑そうな道具を引き出しから取り出し、
	七面鳥を薄くスライスし始めた。
	電動ナイフだ。
	これは面白そう!
	「わたしにもやらせて!」とうさぎは頼み、やってみた。
	電動ナイフはブルブルと震え、力をかけなくても肉をスイスイ切っていった。
	
「赤いのと、白いのと、どっちが好き?」 メアリーが歌うように尋ねた。 七面鳥には、白身の部分と赤身の部分があるらしい。 でも、どちらが好きも何も、七面鳥を食べるのは今日が生まれて初めてだ。 うさぎたちは両方少しづつ皿に取り、試してみることにした。
きりんと子どもたちは両方食べてみて、白がいいの、赤がいいのと言った。 確かに、どちらも美味しかった。 でも実はうさぎがそれ以上に気に入ったのは、七面鳥の詰め物だった。 それは細かく刻んだ玉ねぎとパンの耳を炒めたもので、七面鳥のお腹の中に詰めてあったものだ。 何時間も七面鳥の中に詰められてから取り出された今ではすっかり七面鳥の肉汁がしみこみ、 実にいい風味であった。
更にそれにグレイヴィーをかけたりなんかしたら‥!
グレイヴィーというのはローラの本にもよく出てくる、肉汁に小麦粉を加えてつくった薄茶色いタレで、 それを肉や詰め物や煮た野菜やマッシュポテトや‥、とにかく何にかけても最高だった。
	それにしても、七面鳥を焼くというのはずいぶんと手間がかかるもののようだ。
	「七面鳥ってよく食べるの?」と尋ねると、
	「いいえ。しょっちゅうというほどではないわ。年に2回くらいかしらね」とメアリー。
	「そのうち一度は感謝祭ね? あとの一度は?」と尋ねると、
	「イースターやクリスマスにも食べたりするし」とメアリーが答え、
	「あと、食べたくなったとき」シンディが茶目っ気のある顔で答えた。
	「そう。誰かが食べたいと言い出したとき」とメアリーも言った。
	「それから、日本から久しぶりに友人が訪ねてきたときにもね」
	シンディがまた茶目っ気たっぷりに言った。
	
	それでうさぎは思い出した。
	数日前、自分が言ったことを。
	おとといだったか、メアリーが分厚いステーキやサラダをうさぎたちに勧めながら
	こう尋ねたことがあった。
	「日本でもこういう食事をする?」と。
	「ええ、するわよ」とうさぎは答えた。
	「今や日本の生活はアメリカとそれほど違いはないわ。
	食べ物も服も家も。
	行事だって、クリスマスも祝うし、バレンタインには贈り物をする。
	最近はハロウィンまでするようになってきた。
	あ、でも、イースターは祝わないし、感謝祭もしないわね」
	
そのときのメアリーは特に熱心にうさぎの話を聞いていたわけでもないように思えたが、 おそらくそのとき思いついたのに違いない。 うさぎたちに七面鳥を振舞って、季節外れの感謝祭を見せてやろう、と。
テーブルの上には、とがった帽子のような形をした置物が置かれていて、 食事のあとには誰かが「大変! クランベリーを出さなくっちゃ!」と叫んで、 赤いクランベリーの砂糖漬けが乗っかったケーキが出てきた。 これらはどちらも感謝祭に欠かせないものなのだそうだ。 クリスマスには飾りつけをしたもみの木、 ハロウィンにはかぼちゃのランタンが不可欠であるように。
	お腹は七面鳥の美味しい料理でいっぱい!
	胸は、感謝の気持ちでいっぱい!
	
独立記念日の前々日は、そんな感謝祭の夜だった。
‥が、それだけではなかった。 この同じ晩に、もう一つのサプライズがうさぎたちを待ち受けていたのだ。