2003年8月3日 ブルネイ旅行記(その18)

小学校のときの同窓会に行ってきました。
卒業した小学校を訪れるのはもう20年ぶり。 見渡す限りの大平原の片隅にあったはずの母校は今ではマンションの立ち並ぶ街の一角。 昔絵本で読んだ「 ちいさいおうち 」みたいに、街並の中、肩をすぼめて建っていました。

集まったのは、学年もバラバラな10数名。 今回はいわば同窓会組織立ち上げの胎動で、 これから名簿を作って本格的に活動を始めようという第一ステップ。 なので、軽い口コミで集まったメンバーだったのです。

でも、街の様子の移ろう様とは違い、人間って変わらないものなんですね。 小学校を卒業してから30年近く。 そりゃあみんないい大人になり、つるつるだった顔にはシワができ、 黒々としていた髪には白いものが混じって、ほんのちょっぴり恰幅もよくなっていましたが、 ちょっとしたしぐさとか、根底にある魅力は昔のままでした。

昔からうさぎと気の合う"じゃじゃ丸クン"は、相変わらずのお調子者。 機関銃のように始終喋って笑わせてくれましたが、 人の噂話を何時間喋りつづけても、 本人が聞いて傷つくような言い方は決してしない。 人を見る目の温かさが全然変わっていないのが嬉しかった。

細くて白くてお人形さんみたいだった一つ下の麻子ちゃんは、 二人の子供を連れている今でもきれいできちんとしていて、お人形さんみたいでした。
「旧姓は井上です」と挨拶してこっちを向いた瞬間、 「あ、麻子ちゃんだ!!」ってすぐに名前が浮かびました。

バスケ部のエースとして全国大会にまで行き、 女の子の注目を一心に集めた郡司先輩に話し掛けたときにはドキドキしました。 ハスキーな声でゆっくり言葉を選ぶ話し方、 目尻にシワを寄せ、ほんのちょっと首を傾げて静かに笑うクセも昔のまま。 女の子はみんな、はにかむようなこの笑顔に参っていたのです。

エミちゃんの妹のゆずちゃんは、昔よりもほっそりとしてきれいになっていました。 今は母校のPTA役員なんですって。 ママさんバレーでも活躍中だそう。 今も昔もバリバリエネルギッシュなところが変わっていません。

しょうもない不良少年だった正平くんは、今では真面目ないいパパ。
「こないだ子供の幼稚園の父兄会で、五中の総番長だったヤツとバッタリ遭っちまってよお、 あっちもオレのこと、六中の総番長だったと思ってやんのな。 "おウワサはかねがね〜"みたいな感じでお互い挨拶してさ、そのあと一緒に遊びにいってきたよ。 お互いもうトンがってねえからさ、仲良くやれんのな」 なんて話していました。 なんか面白いことはないかと、今もまだ探している目で。

うさぎのことも、みんな分かってくれました。 この会合にうさぎを誘ってくれたじゃじゃ丸クンは 50メートルも離れているところから手を振って出迎えてくれたし、 うさぎが来るなんで全然知らなかったはずのゆずちゃんや麻子ちゃんも、
「うさぎちゃんでしょ!」って何の迷いもなくピタリと言い当ててくれました。
うさぎはみんなの目にどう映っているのかな。
「昔っからチンケだったけど、相変わらずおかしなヤツ!」 とかって思われてたかもしれない?
だとしても、それでもいいや〜! 覚えていてくれただけで。

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【 ブルネイ旅行記18 クラブハウス 】

王宮参賀、市内散策と忙しかった最初の2日が終わり、 3日目にようやく何も予定の入っていない日がやってきた。 のんびり屋の4人にとっては、これこそ待ちに待った本物の休日である。 朝食と池の魚のエサやりという二つの朝の日課を終えたあとは、 屋内プールで泳ぐことにした。

屋内プールはエンパイア・カントリークラブのクラブハウスの中にあり、 二面のバドミントンコートの奥だった。
「すごい! 外国でバドミントンができるなんて!」コートの脇を通り抜けつつ、 学校でバドミントンクラブに所属する子供たちは喜んだ。 「プールでひと泳ぎしたら、みんなでやろうね!」

プールエリアはとてつもなく豪華だった。 高い天井、大理石張りの壁、 床には石の色の違いを利用した細かいモザイクが施されていて、 踏んで歩くのが勿体ないくらい。 「わあ〜! すごい!」と思わずあげた声が、壁や天井から跳ね返ってこだました。 ここには誰もいない。 この広々とした贅沢な空間が貸切だなんて!

早速上っ張りを脱ぎ、水着になると、エアコンでキンキンに冷えた空間は肌寒かった。 推定室温は21度。 皆はブルッと震えると、慌てて温かい水の中に飛び込んだ。
うさぎも、エアコンを切るスイッチを探したけれど見つからず、皆に遅れて水に入った。 この大空間をここまでキンキンに冷やすにはかなりの電気代がかかるだろうに。 プールエリアには無用な計らいだと思いつつ。

一時間くらい、水の中で鬼ごっこをやったり競争したりして遊んだだろうか、 そろそろ体が冷えてきたので水から上がり、歯をガチガチいわせながら 受付で借りたバスローブを身に纏った。
分厚いタオル地のローブは冷えた体をふんわり包みこみ、 「ん〜、あったかぁい!」と、みんなホッとした顔になる。

「では、バドミントンをやろうか」。 バスローブで水分を吸い取ると、うさぎたちは 受付でラケットを借り、シャトルの5コセットを購入した。

ところが。
バスローブを脱ぎ捨て、さあやるぞ、とコートの中に入ったら、 「ノー、ノー!」と受付の若い男女に止められてしまった。 「サンダルでコートに入らないでください」とのこと。

「おお、これは失礼」とサンダルを脱ぎ捨て、はだしになってコートに入ったら、 これまた「ノー、ノー!」 「はだしでもダメです。バドミントンシューズを履いてください」とのこと。

「おお、そうですか、では靴も貸してください」と言ったら、
「あいにくシューズは貸し出しておりません」。
「ならどうすればいいの?」と言ったら、
「残念ながら、シューズがなくてはコートをお貸しするわけには行きません」 と言われてしまった。

うさぎは困ってしまった。子どもたちはもう、バドミントンにヤル気満々。 バドミントンをやりたい一心で28ドルも出し、シャトルも買ってしまった。 なのに今更「できません」と言われても――。

うさぎは受付で、「お願い! なんとかならないかしら?」と 両手を胸の前で組んでお願いしてみた。 受付の二人は、ウームと唸ると二人でなにやらごちゃごちゃ相談し、 「上司を呼んでくるからちょっと待って」と言った。

しばらくして上階から降りてきたその「上司」はまだ若い女性だった。 でも、ただ職務を忠実に果たしているだけといった感じの受付の二人とは明らかに違った 堂々たる態度。 "堂々たる"というのは、決して"威張った"とか"横柄な"という意味ではない。 「どうしました?」と彼女は実ににこやかに爽やかに言ったものだった。 そしてうさぎが要望を告げると、
「お話は分かりました。でも、申し訳ありません、残念ながら規則は曲げられないのです」 と言った。

「でも奥様、もしやスポーツシューズをお部屋にお持ちではありませんかしらね?」 と彼女は続けた。 「専用のバドミントンシューズでなくても、構わないのですが」
彼女の言うところのスポーツシューズというのはスニーカーのことかしら?、 とうさぎは考えつつ、「ノー」と言った。 どのみちスニーカーをブルネイに持ってきたのはきりんだけだったのだ。

「まあそうですか。 ではみなさん、ここは気分を変えて、プールに入られてはいかがでしょう? それともボーリングはいかが?」と彼女は快活に言った。
「それは良いアイデアですね」とうさぎ。 「ただここに一つ問題がございましてね。 それは、わたしたちがすでにシャトルを購入してしまったという事実なのです」 うさぎは少し声のトーンを落とし、わざと持って回った言い方で言うと、 子どもたちがすでに箱から出してラケットの上でつついているシャトルをチラリと見やった。

すると、 「ご心配なく」と彼女はにっこりしてこともなげに答え、 すでに新品ではなくなったシャトルを受け取ると、ルームチャージを解除し、 ボウリング場へとうさぎたちを案内してくれた。

ボウリング場へと階段を上がりながら、うさぎは彼女に言った。
「一つ心配があるのですが。 実はわたしたち、ボーリング用の靴も持っていないのですよ」と。
「ご心配なく」とまた彼女は言った。 「ボーリングシューズは借し出しておりますから大丈夫」

そんなわけで、うさぎたちはボーリングを始めた。
うさぎは、生まれて初めて一度もガーターを出すことなく、 スペアさえ出して、これまでの自己ベスト46を大幅に更新する "77"というかいびゃく以来の好成績をあげ、大喜びした。

一方、ほかの3人はここではもう一つ調子が出なかった。
けれどそれが悔しかったらしく、 ブルネイから日本に帰ってきたその日早くもボーリング場へ行き、 腕を磨きはじめたのであった――。

つづく