2003年12月3日 ゾンビからの脱却 (その1)

ピロリ菌を追え(最終回)からの続き

これまでのお話

何の変哲もない主婦・桐生うさぎはここ20年、慢性的な十二指腸潰瘍を患ってきたが、 ある水曜日の朝、「ピロリ菌を撲滅して十二指腸潰瘍と決別しよう!」と思い立つ。 そして名医ドクター・ハンサムとの出会いと葛藤、紆余曲折ののち その宿願は達成され、病院とは無縁の平穏な日々が訪れたかのように見えた。 だが、ドクターはうさぎに、今度は貧血治療を持ちかける――。

◆◆◆

今日、消化器科を訪れると、 「久しぶりですので、問診票を書いてください」と受付で言われました。 そういえば受診は本当に久しぶり、2ヶ月半ぶりです。

「具合の悪いところはどこですか」という問いに「貧血」と書いて問診票を返すと、 「貧血だけ‥ですか?」と尋ねられました。「はい」と答えつつ、 「アラ、貧血じゃあ役不足なのかしら?」と、一瞬ひっかかるうさぎ。 だけれど、よく考えてみればここは消化器科。 本来、貧血患者なら内科を受診するはずです。 それが消化器科にいるのだから、不審に思われたのでしょう。

でもこの病院の内科はいつだって、めちゃ混み状態。 2時間待ち、3時間待ちは当たり前です。 それにひきかえ消化器科はいつだって閑散としていて、待ったところでせいぜい10分。
「考えようによっちゃ、消化器科で貧血治療を受けるというのは"裏ワザ"かも〜??」 と思い、うさぎは気を良くしました。

さて、今日もまずは採血から。 採血は怖い。怖い、怖い、怖い。何度受けても、怖い。 だけど今日も担当は田中さん。 田中さんは「ごめんね〜、すぐ済むからね」と言ってくださいました。

"ごめんね"――? なんてもったいないお言葉!
わたしの方こそ、いつも怖がってごめんなさい。

注射針は今日も、刺したときに一瞬チクンとしただけで、 一体いつ抜いたのか、全く分かりませんでした。 いつも痛いのはほんの一瞬だけ。 だからそんなに怖がる必要なんてないのだわ。

検査室から消化器科に戻ってくると、 「うさぎさ〜ん!」と、いつものようにドクター・ハンサムが診察室から顔を出しました。 うさぎ、この方のこういうところが名医だと思うの。 診察室の中で声を張り上げても聞こえるのに、 必ず椅子から立ち上がって診察室のドアを開け、患者を一人一人、自分で呼びにくる。 そういうところが、つくづくいいお医者さまだなあ、と思う。

「その後、状態はいかがですか?」うさぎが診察室の椅子に腰掛けると、 ドクターは尋ねました。
「はい、ここ10日ほどは真面目に薬を飲んでおりますのでだいぶ良いようです。 実はひと月ばかり、薬をあまり飲まなかった中だるみの時期がありまして、 立ちくらみが頻繁に起こるようになったので、やっぱり真面目に飲まないと、と 思い直したのです」と、うさぎは包み隠さず申しました。 どうせ検査結果でバレちゃうんだもの。隠したってしょうがない。

ところが。
「そうですか。実はうさぎさん、あなたはもはや貧血ではないようです」とドクター。
「エッ!!」と驚くうさぎ。思わずドクターの机の上に検査結果を探しました。 「ええと、何の数値でしたっけ、以前は10.5とかそういう‥」
「血色素量のことですね。先ほどの検査結果はこちら。ほら、血色素量は13.6。 すっかり正常範囲内になっています」

うさぎはこの思わぬフェイントに慌てました。だって、

せっかく貧血をネタに新連載をと思っていたのに、初回でいきなり最終回?!

それはあんまりです。そういうのを"連載"とは言わない。たぶん"読みきり"と呼ぶんじゃ‥。

「まあね、貧血が治ったといっても、それは表面的なことですがね。 この検査結果には、あくまで血液の状態しか現れていませんから。 たぶん貯蔵鉄はまだまだ不足しています」とドクター。 うさぎはちょっとホッとしました。そして、
「チョゾウテツ?」と聞き返しつつ、頭の中で一文字一文字変換キーを押してみる。 「貯・蔵・鉄」? 貯蔵された鉄分?

「貯蔵鉄というのは、肝臓や筋肉に蓄えられている鉄分です。 血液中の鉄分が足りなくなると、この貯蔵鉄が補われます。 今、薬を飲んで血液中の鉄分が増えてきたので、補う必要がなくなって これから貯蔵鉄も増えてくるはずです」

‥ははあ、なるほど〜。

「‥では3ヶ月くらいしたらまた検査にいらしてください。 ほうれん草とか、鉄分の含まれている食品をなるべく摂るようにしてくださいね」
「はい。‥で、あの、お薬は‥」
「薬はもう飲まなくていいです」
「えっ!!」とまた驚くうさぎ。「‥あのー、実はまだ飲みたかったりなんか‥」

ドクターは口元にフッと笑みを浮かべました。
「あのねえ、薬を飲めばいいってもんでもないんですよ。 鉄分を取りすぎると肝臓を壊します」
「‥でも、もしかして、この数値は一時的なものでは?」と言い募るうさぎ。 「ここ10日、真面目に薬を飲んだ成果が現れただけかも?」
ドクターはおっしゃいました。 「そんな、10日で貧血は治りませんよ。これまで飲み続けてきたことが効いているのです」

「これまで飲み続けてきたことが効いている」?

うさぎはなんとなく、自分の努力が認められたような気がしました。 努力といったって、つい10日前まで一月丸々サボっていたのだけれど。 それにしたって、とにかく自分の力(?)で貧血を克服したの‥かも。

でも、もうひとつ実感が沸かない。 ピロリ菌の除菌に成功したときのように、画期的に元気になったような気はしません。 検査の結果がどうあれ、まだ貧血から解放されたような気が全くしない。 気分はまだ貧血。 だから薬を処方して頂かないと不安なのです。

でも、「‥そういうわけで、3ヶ月ほど経ったらまた検査をしましょう。 その状態を見てまた考えましょうね」とドクター。

ああ3ヶ月ですか、それまでお名残惜しゅうございます〜。

‥そんなわけで、辛くも読みきりを免れたこの新連載、この先どうなりますことやら。
3ヶ月後の次回に乞う期待!