2003年4月17日 チェーンメール

今日は恥かしげもなく、子ども自慢をしちゃいます。

実は昨日、びっくりすることがあったの。
「ほらママ、こういうのチェーンメールっていうんでしょ?」と、 ネネが自分のケータイを持ってきて、うさぎに見せたのです。

そこには恐ろしい文句が書かれていました。

このメールを今日中に7人に回してください
もし止めたら、止めた人がみんなのパケ代まで払うことになります

「‥なにこれ‥! 誰から送られてきたの?」と尋ねると、
「学校の友達。よく送られてくるよー、こういうの」とネネ。 そう言いつつ、ネネは削除キーを押しました。

「‥そういうの、どうしてるの?」と尋ねると、「削除してる」とネネ。
うさぎはへええと感心しました。でも、同時にとても不思議でした。 だって、"チェーンメールは削除するコト"なんて言い渡した覚えはないんだもの。 学校でそういう教育までしてくれるのかしらね?
それで尋ねました。 「どうして削除しようと思ったの? 誰かに聞いたの?」と。

「ううん」とネネは言いました。 「実は、最初にこういうのが来たときは、友達に送っちゃったんだよね。 でもあとからすごい罪悪感が襲ってきて、その子にまたメールしたの。 "ゴメン、さっきのはナシ!"って。 ‥で、それからはこういうのはすぐ削除することにした。
でも、この間、すごい怖いのがあって、 "送らないと、足の指がなくなる"って書いてあったの。 それは怖かった。そんなことあるわけないじゃん、って思いつつも、 怖くて怖くて、"何も起きませんように"って祈りながらフトン被ってすぐ寝ちゃった。 でも何にも起きなかったから、なんて書かれててももう平気になったけど」

うさぎは胸が熱くなりました。
「わたしのネネは、そういう脅迫に負けないんだ」 って思ったら、涙が出そうになっちゃった。

けれどそれ以上に嬉しくてビックリしたのは、そういう判断を ネネが自分ひとりでやってのけたということでした。 文面にそのまま従ったりせずに、まず自分はどうすべきか、 立ち止まって考えたのがえらい。 こんな判断を自分でできるような子に育ったんだと思ったら、とても誇らしく、 この子を育ててきて本当によかったな、と思いました。

うさぎが子どもの頃にも、チェーンメールならぬチェーンレターというのはありました。 俗に「不幸の手紙」なんていわれてましたね。
実際に、うさぎに送られてきたこともありました。

この手紙を一週間以内に○人に送ってください
そうしないと、友達の鎖があなたで切れてしまうことになります

という内容でした。

この手紙を受け取ったとき、うさぎは「当然誰かに送らなくっちゃ!」と思ったの。 でも切手を探していたら、ままりんに見咎められて、言われました。
「捨ててしまいなさい。こういう悪習は"あなたが"断ち切らなきゃ」と。

でもうさぎは、どうして断ち切らなくてはならないのか、 またどうしてそれを自分がやらなくてはならないのか、いまいちよく分かりませんでした。 たまたま脅迫的な内容ではなかったこともあり、 "友達の鎖"という言葉が魅力的だったこともあり、義務感を感じてしまったのね。 送らないことの方に、むしろ罪悪感を感じました。

だから、期限が切れるまでの一週間、毎日悩みました。
でも一週間が過ぎてしまったら、晴れ晴れとした気持ちになり、 やっぱり送らなくてよかったんだ、って、そこで初めて分かりました。 だって、これを受け取った友達をまた同じように悩ませることになるもの。 欲しくもない手紙を受け取ったばっかりに、義務を強要されることになる。 選択の自由を奪われることになる。それは変だ、ってやっとそこで気づいたのです。

自分にそういう経験があるものだから、ネネは偉いなあって思いました。
人類ってやっぱりいい方に進化してるんだわ、きっと。

◆◆◆

でもね、実は今これを書いていたら、脇で見ていたネネがこっそり教えてくれました。
「あのね、最初に友達に送っちゃった時ね、実はその子から返信がきたんだよね。 二人に送ったんだけど、二人から同じような返信が来たの。

気にしないで大丈夫だよ
ウチらもこういうのは止めてるから

って。それ見て、"ああ一人じゃないから大丈夫だ"って思ったんだよね」って。

‥フフフ、なんだ、助っ人がいたのね。
でも、あなたってなんて素敵な友達を持っているのかしら。

そして、実はママはもう一つ感動してるんだ。
それはあなたが、チェーンメールを送りつけてきた友達を全然恨んでないこと。
自分は止めるのに、友達が送りつけてきても恨みもしなければ、説教しようともしない。 そういう懐の広さに、ママはけっこう感心しているのです。