 
	前の日の夕方、思ったような夕焼けが見られなかったうさぎは、 最後のチャンスとして、朝焼けを見ることを思いついた。 空が赤く染まる原理は、陽が沈む時も昇るときも一緒に違いないと気付いたのだ。
それはなかなかいいアイデアだった。 だけど同時に、無謀でもあった。 自慢じゃないが、うさぎは朝寝坊なのだ。 日の出が見られる時間になんて、起きられるわけがない。
	それでもうさぎはフロントに行き、日の出のだいたいの時刻を訊いてきた。
	率先して早めにベッドに入り、ダメ元で目覚ましもかけてみた。
	「どうせ止めて寝直してしまうに違いない」と思いつつも。
	
ところが、起きられたのだ。 自分でもびっくりしたことに。 朝の6時、まだ窓の外が真っ暗なうちに、すんなり起きてしまった。
他の皆はまだスースー寝息を立てている。 うさぎはカメラを持って、そ〜っと部屋の外に出た。
◆◆◆
部屋の中から見た空は真っ暗で、まだまだ日の出までは時間があると思っていたのだが、 外に出て空を見上げてみたら、今出てきた棟の裏側がほんのり白みはじめていた。
うさぎは二つのプールの間の細い仕切りの上を歩いて真ん中あたりまで行き、 そこでカメラを構えたまま、陽が高くなるのをじっと待つことにした。
最初は立って待ちはじめたが、だんだん疲れてきて、しゃがみこんだ。 しゃがんでいるうちに、足が疲れてきてまた立った。 それからまたしゃがんで‥をなんどか繰り返すうちに、 とうとう待ちに待った瞬間がやってきた。
	アトリウム付近の空が紫色に染まったのだ!
	「朝焼け」というほど赤くはない。
	でもそれは確かに、1日のうちに何分と見られない、特別な空の色だった。
	清少納言が「あけぼの」を「紫だちたる雲の細くたなびきたる」と表現したのが
	なるほど、と思えるような空の色だった。
	うさぎは感動して、何度もカメラのシャッターを切った。
	
でも、一つ誤算があった。 それは、夕焼けの時のように、アトリウムが明るく輝かなかったことだ。 本当は、空の色よりも、アトリウムのあの輝きが見たかったのに。
	結局のところ、朝焼けは、あくまでも「朝焼け」であって、「夕焼け」ではなかったのだ。
	確かに、空が赤らむ原理は日の出直後も日没直前も同じだけれど、
	決定的に違うことが一つあったのだ。
	それは、太陽の位置。
	夕方の太陽はアトリウムよりも手前にあってアトリウムに光を投げかけていたけれど、
	朝の太陽はアトリウムの裏から照らし、アトリウムをシルエットにしてしまったのだった。