アラビア語

アラビア語学校の日常12 家に持ち帰れないもの

 卒業試験に受かりさえすれば、あと一ヶ月でいよいよ卒業。なんだか最近、しんみりしています。卒業後、どうしよう? どうやって勉強続けよう? 卒業は嬉しい反面、何もないところに放りだされるようで不安です。私の場合、学校に入る前は一人で勉強していた。その環境に戻るだけなんですけどね。皆で学ぶこの楽しさ、この刺激を知ってしまうと・・・。通学が大変だから、卒業できたらとても嬉しい。でも同時に、とても寂しいのです。

 しんみりしているのは私だけでない。クラス中がしんみりしています。一見、いつもどおり賑やかですが、ふと皆が黙り込み、「卒業したら、どうする?」という話になります。仕事に戻る、別のアラビア語学校に通うなど、次の予定がもう決まっている人もいれば、わたし同様、まだ考え中の人もいます。

 「あともう半年やってもいいかなあ」という声もチラホラ。わたし自身、その選択肢を全く考えないでもないです。でも人間、勢いも大事。このまま一気に卒業まで持ち込まないと、張った気持ちがプツンと切れてしまいそうで、それはそれで怖い。私はやっぱり、仲良くなったクラスのみんな一緒に、「楽しかったね。頑張ったね」と言い合いながら、できればこのまますんなり卒業したいです。

 卒業が近づくにつれ、やり残したことはないかという焦りも高まってきました。・・・いえ、それどころか、明らかにやり残したことばかりなんですけど^^;。今になって、あれこれ思いついては、わたわたしています。卒業したらできないことを今のうちにやっておこうと。

 ・・・いやむしろ、自分が、というより、人の手を煩わせているだけかな^^;。先生の朗読を録音させてもらったり、字のきれいな友だちに作文をコピーさせてもらったり。先生・友達という卒業までの期間限定資源を保存して持ち帰り、卒業後に備えて備蓄しようと、目論んでいるわけです。

 それでも、今まで考えたことのない視点で、大事なことがあるのではないかと、不安になります。たとえば先日読んだ本にアラブ人のよくするしぐさがいくつか載っていて、これ先生方がよくするしぐさと同じだ!と気づきました。今まで先生方の言葉ばかりに気をとられて、ジェスチャーまではあまり気にしていませんでしたが、そのジェスチャーは、卒業したらもう見られないのです。どうして今までもっとよく注意して見ていなかったんだろうと後悔しました。

 せめて今覚えていることだけでも忘れたくので、ここに書きます。

  • 何か頼みごとをしたとき、冗談で「カム・タドファウーナ?(君たち、いくら払うのかね?)」と言って、手の平を上に向け、親指と人差し指(もしくは中指)を擦り合わせる(お金を表す仕草)。
  • 「ハラース(これでおしまい!)」というとき、両手を八の字に広げて左右に払う。
  • 左手でモノを食べたり、モノの受け渡しをしない。うっかり左手を差し出すと叱られる。
  • 「カリーラン・ジッダン(ほんの少~し)」を示すのに、親指と人差し指(または中指?)で、豆くらいの大きさのものをつまむような形を作る。

 ・・・今思い出すのはこれくらいかな。それも、右手だったか左手だったかまでは覚えていません。※ アラブ人のジェスチャーについては「アラビア語の法則」の非言語表現に詳しいので、興味のある方はそちらをご参照ください。

 学校に入った瞬間、何かエキゾチックな香りがします。日本のお線香とはまた違った香り。毎日嗅いでいるのに、それが何の香りなのか、考えたこともありませんでした。この間初めて、香りの元を一瞬見かけて「あれは何だろう?」と思い、職員の方に尋ねたところ、むかしシバの国に莫大な富をもたらしたという乳香か、もしくはそれよりもっと高価な、・・・エート・・・伽羅(キャラ)・・・だったかな?・・・ということでした。ことほど左様に、せっかく教えてもらったことですら、正確には覚えていないんです、わたしってヤツは・・・。

 またなにより、ここにいると「情報」が手に入りやすい。どこでどんな催しが開かれるとか、どこそこの出版社からこんな本が出た、とか・・・。学校自体と大使館関係からの情報に加え、なにしろアラブ好きの人の集まりですから、情報には敏い。新しい情報をキャッチすることに長けている人も多く、情報砂漠のわたしからすると、本当にありがたい環境です。

 ジェスチャー、香り、タイムリーな情報・・・。ボイスレコーダーやコピー機を持ってしても、家に持ち帰れないものはたくさんあるのですね。そもそもその価値に気付いていないものは、たとえ持ち帰れるものでも、持ち帰ることを思いつかない。卒業後に「あれは?」とふと思い出してももう遅い。・・・ああ、本当に、この環境をそっくりそのまま全部家に持ち帰って、保存できたらいいのに・・・。

 以前「この学校の生徒は、日本の中の位置づけに於いて、非常に身分が曖昧です」と書きましたが、日本の社会全体の中ではそうであっても、アラビア語学習者という狭い世界に於いて「この学校の生徒であること」は一種のステイタスであると、わたしは感じています。なんていうかな、「現在進行形で、きちんと真面目にアラビア語を学んでいる」感じ、そして「現在進行形で、きちんと真面目にイスラム文化に向き合っている」感じ。

 この「現在進行形」というのがとても大事だと、最近思います。この学校には入学試験もないし、お金もかかりません。まさに「来るもの拒まず」で、志さえあれば誰でも受け入れてもらえる。にもかかわらず、辞めていく人はとても多く、通い続けることの難しさを物語っています。

 わたしはここまで学習を続けてきた自分を誇りに思います。だからなんらかの形で卒業後もアラビア語との関係を保ち続けたいのです。学校を卒業した途端アラビア語から離れてしまう自分を見たくない。だから卒業後の学習環境を今のうちに作っておこうと焦るのです。

 幸い、アラビア語を自分の中でどう生かすかが、最近少しだけ見えてきました。わたしの場合、今後もアラビア語を掘り下げて極めたい気持ちより、広く浅く、横へ横へと広げていきたい気持ちが強い。図らずも、ユーラシア大陸のど真ん中に位置する言語と文化。ここから南にも北にも、東にも西にも広げていかれます。

 ただ、横に広げるにしたって、ある程度の基盤は必要。今のわたしのアラビア語力ではショボすぎます。発音はメチャクチャだし、音読ヘタすぎ!、ボキャが足りない・定着してない、文字もいまいちカワイクない。ああ~、問題山積み!! 自分から見ても、ユルすぎ!! 学校にいる間にそういう問題が少しでも解決できればよかったのですが、それを今さら言ったところで時間切れ。だから卒業まではせいぜい卒業後の環境作りに励み、卒業後に補おうと目論むのです。

 どんなに頑張ったところで、今の環境を全部持ち帰れるわけではありません。でも遅ればせながら五感を精一杯働かせ、卒業までのあと少し、様々なことを吸収しようと思っています。

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