英語

100万語達成!! 多読で磨く英語力

 英語の多読で、100万語を達成しました! やったーーー! 何かを達成するって、ほんとにいい気分♪ 英語の本を読むのはとても楽しかったので、頑張った感じはしないのですが、「これをやる」と決めたことを、ちゃんとやれた充実感は大きいです。

 100万語の通過本は、GR(グレーデッド・リーダーズ)ペンギンレベル4の「エマ」。記念すべき通過本に、わたしにとって特別な意味を持つ、ジェーン・オースティンの簡約を選びました。

 多読を始めるきっかけとなった12冊の本。もしその中に、「ゼンダ城の虜」とジェーン・オースティンの「説得(Persuasion)」とが入っていなかったら、わたしは多読を始めていなかったでしょう。この2冊が滅法面白かったから、わたしは多読を始めたのです。

 英語100万語を達成したら、しばらくはフランス語の学習に専念しようと思っていたわたしですが、多読は急には止まれない。ついつい本に手を伸ばし、英語を読み続けてしまっています(うさぎの多読メモその4参照)。

 ・・・ま、今後は、なるべくフランス語をやる、ってことで^^;。「専念する」から「なるべくやる」、すごいトーンダウンですが(汗)、息抜きに、英語も読んでいいってことにしちゃいました^^;。


 さて、今日は多読の学習成果について書きたいと思います。

英語を100万語読んで、英語の実力に変化は見られたか

 この質問には、自信を持って、「はい」と答えられます。確かに、英語力には変化が見られました。英語力は確実にアップしたと思います。

 但し、「アップ」といっても、上に伸びた気はしない。横に広がって、ちょっと恰幅がよくなった気がします。針のようにか細ーい英語力だったのが、下のほうがどっしりとして、ちょっと安定が良くなりました。

 英検準1級を持っていても、以前は全然英語が出来る気がしませんでした。だって全然使えないんだもん(汗)。英語のマニュアルとか、きゃ~っ!て感じ。とても読める気がしなかった。

 100万語を読み終えた今も、つまらないものはなるべく読みたくないですが(笑)、英語に対する抵抗感は確実に薄れました。少しは使える英語になってきた気がします。

 多読をしたことで英検1級に近づいた気はしませんが、英検準1級のイカサマ度がすこし薄れた気がする^^。多読により、新たな知識やスキルはろくに増えていないが、これまで持っていたものが定着した気がします。「タテに伸びた気はしないが、ヨコに広がった気がする」というのは、つまりそういうことです。

 具体的に、実感している変化を挙げますと。

英語が格段に聞き取れるようになった

 これは一番はっきりと感じる変化です。まあ、多読というより多聴の成果かもしれませんが、多読の貢献も大きいと思う。なぜなら、朗読のスピードについていかれるようになった一番の要因は、多読により、一瞬で意味のとれる単語が増えたことだからです。

 多読により、英語との距離感をうまくとれるようになったのも大きいです。本を読むにも朗読を聴くにも、あんまり英語にがっぷり抱きついちゃうと、全体の形が見えないんですね。ちょっと離れたほうが、よく分かる。そういう、読み方の姿勢、聴き方の姿勢、みたいなのが体得できた気がします。

 もともと外国語の聞き取りってすごく苦手だったのですが、最近は、読むより聴くほうがラク。だって、目を使わなくて済むんだもーん! 積極的に字を目で追わなくても、音は勝手に耳から入ってきてくれるのでとっても楽ちん(笑)。楽に聴ける速さや難易度の範囲はまだまだ狭いですが、すらすら読めるレベルの本は、聴いても分かるみたい。朗読CDと本と、どちらか一つくれるといわれたら、以前なら絶対本を貰ったと思うけど、今は迷わずCDのほうを貰います(笑)。

英語の発音が分かるようになった

 これも多読単独の成果ではなく、フォニックスとの併せ技ですかね。昨年の春に初めてフォニックスを学んだのですが、多読は、そこで学んだフォニックスの法則を検証する場となりました。英語を読むときは、ずっと頭の中で音読をして、音とスペルの関係を確かめながら読んでいたんです。

 わたしは多読にあるまじき、辞書を引いちゃう人なんですが(汗)、たいていは、意味を知りたいからではなく、発音記号を確認するため。最近の電子辞書はありがたいことに、声で発音もしてくれるので、発音記号と実際の発音の関係を確かめることもできました。正しい発音を「知っている」のと、自分の口で正しく「発音できる」のは別問題なので、正しく発音できる自信はありませんが、どういうのが正しい発音かも分からずに、ただ無茶苦茶に喋っていた頃に比べると、正しい発音への方向性はわかったかな、という気がします。

英語の特徴がわかった

 これは一般児童書を読み始めて気づいたことです。うまく説明できないのですが、英語の動詞は、なんていうかな、動きよりも、様態を重視するのですね。

 たとえばjump outを日本語に訳すと、「跳び出す」ですね。jump inなら「跳び込む」、jump on「跳び乗る」、jump down「跳び降りる」。日本語の場合、「跳び」はつけたりで、「出す」「込む」「乗る」「降りる」のほうが、動詞の基幹部分なわけです。でも英語は、動作の方向性という、最も重要な部分を副詞に外注してしまい、jumpという動詞そのものは、どんな感じにその動作が行われたかという、様相の説明に専念している。jumpという動詞があったからといって、実際に行動主が「跳ぶ」とは限らない。むしろそこから読み取るべきは、「動作主が驚いている感じ」、「機敏に動く感じ」、です。

 英語の持つ感覚で、分かったことは他にもいろいろあります。たとえば、「good morning」は、別れ際にも言う、とかね。日本語では別れ際に「おはよう」とは言わないけれど、英語だと言うみたいです。何度もそういう場面を読みました。「じゃ、よい朝を」って感じでしょうか。これはアラビア語でも似ていて、出会いしなだけでなく、別れ際にも「アッサラーム・アレイクム」と言います。

 何が普通で、何が普通でないか。何が「アリ」で、何が「アリ」じゃなさそうか、みたいなことは、一冊二冊読んだくらいじゃダメで、百冊以上読んだからこそ、分かったことだと思います。量ってすごく大事だなあ、と思います。

その他

 細かく見れば、多読の成果は他にもいろいろあります。

 まず自信がついた。学習における成果といえるかどうかは微妙なところですが、今後学習を進める上で、これは非常に有り難い変化です。

 語彙も少しは増えましたよ。まあ、100とか200とか、そんなものだと思いますが。しかも、stable(馬小屋)とかstall(馬小屋のブース)、hoof/hooves(ひづめ)、rein(手綱)、bit(くつわ)、hitch(馬を馬車につける)、hog(豚)、pigpen(豚小屋)とか、むちゃくちゃ偏ってます^^;。

 あと、古典の簡約をたくさん読んだので、古事に詳しくなりました。ディケンズやコナン・ドイルの作品は英語圏の古典として日本でも有名ですが、日本であまり紹介されていない古典もある。そういう本に触れられたのは良かったと思います。単に面白かっただけでなく、アメリカ人やイギリス人と話をするときに、共通の話題として使えるからです。

 全体として、少しずつ長いもの、難しいものが読めるようになってきていると感じます。英文を読むスピードは変わっていませんが、「読もうと思えば、速く読める」のは、本屋での立ち読みで立証済みです(笑)。


 大人向けの一般ペーパーバックが読める日がいつくるのか、その辺はまだ見当もつきません。でも今現時点で読める範囲に、読みたいものがたくさんあるので、今後も、フランス語を中心に据えつつ(太字にしておかないと、忘れてしまいそう(笑))、英語もぼちぼち、楽しく読み続けようと思います。

ウィーン美術史美術館

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