アラビア語

アラビア語学校の日常10 期待と実情

 わたしの学校生活も3期目に入りました。今学期は最上級生です。この学期を終え、学期最後の進級テストに合格すると早くも卒業。現在は犠牲祭のための3週間の休暇期間で、家で一息ついているところです。

 最上級生になった途端、先生の目が少し厳しくなりました。「ケイファハールカ?(ご機嫌いかが?)」と尋ねられ、いつものように気軽に「ビハイリン(元気です)」と答えた瞬間、叱られた人も。「『ビハイリン』の『ハ』は『ha』じゃない。『kha』だ。最上級生になってまだそんな発音もできないのか!さあもういちど言い直し!」というわけです。

 新しく入ってきた人たちの目も気になります。彼らにあんまりカッコ悪いところは見せられない。「なんだ、卒業間近でこの程度か」ってがっかりさせてしまいそうで…。「頑張って通い続けたら、アラビア語ペラペラになる」という夢を壊したくないなあと思うのです。

 要するに、最上級生というのは、誰からも成果を期待されるんですね。最上級生の一人一人はみな、「この学校にいたらどれだけアラビア語ができるようになるのか」というケーススタディみたいなものだから、ある程度できなくちゃいけないなあと思います。

 でも、んなこと言ったって、できないものはできないわけで…^^;。「まだ学校に入ったばっかりのとき、最上級生が先生とペラペラ喋ってるのを聞いて『自分もあんなになるのか~!』って期待が膨らんだけど、今となっては『一体あれはなんだったんだろう? 個人差?』」なんて、級友と苦笑いしています。

 そう、本当に。わたしも、入学したての頃は「卒業するときはきっとペラペラになってるはず!」と信じていたものです。それが実際は…。

 思い描いていた理想と、今の現実とのギャップ、大きすぎっ!!

 でも、「なぜだろう?」なんて腰を据えて考えるまでもなく、ちらほら思い当たるフシがあるんですよね…。要するに、最大限に努力してこなかった、ってこと。「ここ」というチャンスをいくつも逃してきたってこと。自分でも分かっているんです。もう少し徹底してやれば、そこでグッと伸びたに違いないのに、その努力を怠ってきたのです。

 今でも少し集中してやると、ククククッ…と自分の力が伸びるのを感じるときがあります。「あ、今やれば絶対伸びる!」と予め分かる瞬間もある。そういうチャンスを一つのこらず生かしていさえすれば今の現状よりかなりマシだったはずなのですが、時間がなかったり、ちょっと体調が悪かったりで、「ま、いっか」ってなっちゃったときも多かった。

 ま、実際、世の中そううまく行くものでもないですね。ちょうど伸びるチャンスが巡ってきたとき、精神的にも肉体的にも時間的にも好条件が重なっていればいいけれど、肉体的にタフではなく、強靭な精神に恵まれているわけでもないわたしみたいなヤツは、時間的な制約を言い訳に、自分の伸びるチャンスを逃してしまうわけですよ、ハッハッハ………って、書いてて自分で情けないですが……、つくづく、身から出たサビですねぇ…。一生懸命教えてくださる先生方、ゴメンなさい。

 ただ自分としては、これでもかなり頑張ったほうだと実は思うんです。春にいい歳して百日咳にかかり、本当に百日間ひどい咳が続いたときも、学校だけは休みませんでしたし(傍迷惑^^;)、どんなにモチベーションが下がっても、予習復習はともかく、宿題くらいはやりました。だからわたし的にはこれでも頑張ったほうかなー?……なんて……^^;。

 自分的には、この1年あまりを振り返ると、まあまあかな?と思うのです。日々少しずつとはいえ、自分進歩しているのも感じられる。一年前とは比較にならないくらい進歩したのは確かです。

 ただ、ここ一年以上毎日アラビア語漬けになってる割には「??」と思うのも確か。先生方を喜ばせ、後輩に憧れを抱かせるレベルには全く達していないのがとってもザンネン! 本当は「アラビア語教師をやっててよかった」と先生に思わせるような生徒でありたかったし「自分もいずれは」という期待を後輩に抱かせるような先輩でありたかった。

 …って、反実仮想しててもしょうがないですね。

 この休みに入る前、先生が「アクル」という単語を説明した際、何を思ったか、こうおっしゃいました。

 (عَقْلٌ)というのは「神が人間だけに与え給うた理性」あるいは「知性」という意味の言葉で、アラブ文化、イスラム文化に深く根ざした重要単語であるのは分かるのですが、その概念はなかなか日本人には理解しづらいものがあります。

 先生曰く

この学校に入ってきたとき、最初はクラスに何人いたかしら? 30人くらいいたでしょう? 今は教室に何人いるの? ずいぶん減ったわよね。

あとのみんなは一体どこへ行ったのかしら? 中には仕事をはじめたり、いろんな事情でこられなくなった人もいるでしょう。でも、アラビア語の習得を諦めた人もいる。

あなたたちはずっと諦めずにアラビア語を続けてきた。なぜだか分かる? 『アクル』がそうさせたからよ。『アクル』があるから、今でも諦めずにあなたたちはアラビア語を続けているの。『アクル』とは、そういうことです

 えー、「アクル」の概念って、そんなことにも及ぶのか、というのも驚きでしたが、最近ちょっと休みがちの人が増え、元気を失い気味のわたしたちを先生が気遣ってくださっているのが感じられ、とても嬉しかった。わたしも、卒業まであと数ヶ月、巡り来る細かいチャンスをなるべく生かすよう、自分なりにガンバロ!と思いました。

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