日本語

優先順位

 昨日友達が遊びに来て、8時間も延々とおしゃべりに花を咲かせていました。

 いろんな話をしましたが、特に印象的だったのは日本語教室の話。最近日本語を教え始めたのだそうです。友達は日本語教師の経験もなければ、資格も持っていない。でも「あなたに教えてもらいたい」と名指しで頼まれ、教室を開くことにしたのだそうです。

 最初の生徒さんは中国から日本に来て数年。日本語学校にも2年通ったけれど身につかず、日々の生活に支障を感じているそうです。

 友達はその方にまず「少々お待ちくださいませ」というフレーズを教えたそうです。なぜなら一番使うから。レストランにしろ、コンビニにしろ、日本で雇ってもらおうと思ったら、絶対使うから。

 「このフレーズさえ知っていれば、お客さんの言っていることが分からなかった時、他のスタッフを呼んでくる時間が稼げるでしょ」と友達。なるほど!

 このフレーズ一つ教えたことで、早くも生徒さんの信頼を勝ち得たそう。日本語学校ではこんなフレーズ、通い始めて2年以上しないと教えてもらえない、と。なぜなら敬語だからです。敬語は上級編で、学校ではなかなか教えてもらえない。

 でも日本にやって来て今すぐ仕事をしたい人にしてみれば、敬語こそが必要。理屈なんかどうだっていいから、今すぐ使えるフレーズが知りたい。そういうニーズにわたしの友達は応えた。だから信頼を勝ち得たのです。

 あともう一人、子どもにも教えているそうです。半年前、全く日本語を知らない状態で中国から日本に来たばかり。でも日本の公立に通っているので上達は早く、今ではけっこう喋れるのだそうです。ただ目下の問題は夏休みの宿題。日常会話はできるけど、細かい部分が分からず、学校の課題がこなせないのだそう。

 たとえば算数の問題。「一個」と書いてあればわかるけど、「ひとつ」と書いてあると分からない。試しに口頭で「その飴を一袋取って」と言うとぽかんとしている。ところが飴の袋を開けて「飴を八個取って」と言うと分かる。

 なぜか。一袋は「ひとふくろ」だからなんですね。「いちふくろ」じゃないから。

 日本語の数の数え方は二通りあるのですね。漢語の「いち、に、さん」に助数詞をつける場合と、和語の「ひとつ、ふたつ、みっつ・・・」をベースにした数え方と。このお子さんは中国人だから、漢語ベースの数え方は分かる。ところが和語だと分からなかったわけです。

 そこで友達は「袋が開いてないと『ひとふくろ、ふたふくろ、みふくろ』、でも袋をあけちゃうと、飴が『一個、二個、三個・・・だね』などといいつつ、飴の袋で遊びながら和語の数え方を繰り返し繰り返し徹底的に叩き込んだそうです。そしてさんざ遊んだあと、最後に表を書いて整理したそう。「一個、二個、三個、四個、、、、」と「ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、、、」を対応させた。

 そのお子さんはすごく熱心に授業に集中していたそうです。それはなぜか。今すぐ使えることだったからでしょう。

 友達はやり手の企業家。今後も生徒が増える予定なので、ひと月前から先生を募集しています。で、最初は日本語教師の経験者、有資格者を中心に探していましたが、自分自身で教えてみたら、下手な経験や資格ならむしろない方がいいんじゃないかと考えが変わったそうです。

 基本を知っていることは悪いことではないので、彼女自身、日本語教師資格の取得を計画中ですが、「従来の教育方法や教える順序にこだわる頭の固い人は願い下げ。基本を知った上で、それをバリバリ崩していかれる人が欲しい」そうです。

 この話、自分の外国語学習にも大いに活かせそうだと思いました。

 わたしは外国に住んではいないので、彼女の生徒さんたちのように差し迫ったニーズがあるわけではありません。それでも「これが言えるようになりたい」「こういうのが分かるようになりたい」というような方向性はあって、その願望を満たすような教材や先生に出会えると興奮し、すごい集中力で課題に取り組みます。

 そうした集中力は「火事場の馬鹿力」を生み出し、ときには通常では考えられないような短期間で何かを習得できたりします。

 「基礎からきちんと」もいいですが、馬鹿力とは無縁なので上達はゆっくりで、自分のニーズに行き着かないうちに飽きてしまう可能性があります。

 だったら自分のニーズを追って「美味しい部分だけつまみ食い」し、それで混乱したら「必要に応じて後付けで整理」するのもアリだなと思いました。

 というか、現に我々はそうやって母語を効率よく習得してきたのではないか。

 実は母語習得の最大の強みは、年齢が若いことでも、言葉のシャワーに身を浸すことでもなく、「必要なことから学ぶ」ことなのではないか。

 人生の途中で別の言語を学ぶ場合、その優先順位は必ずしも母語習得と同じではなく、その人が置かれた状況により様々。上の例でも、仕事に就きたい大人と、宿題をこなさなくてはならない子供では優先順位が違うわけです。

 だからネイティブの赤ちゃんの発達過程をただ形だけ真似るのはナンセンス。大事なのは「自分にとって」の優先順位に従うこと。もし自分のニーズを正確に把握することができれば、今後もっと効率よく学ぶことができるのではないかと思いました。

山手西洋館にて

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