トルコ語

「できない」と言ってみる

 なんとなく、トルコ語に光明が差し始めた気がします。

 ちょうど一週間前、トルコ語の「あれが難しい」、「これができない」とブログで嘆いた、それが良かったみたい。突破口が見えてきました。

 よく「できるはず」と口に出して言うことで夢が叶う、と言いますが、わたしの場合はむしろ「できない」と口に出して言うほうが、上手くいくことが多い気がします。

 「できる」と言っちゃうと「できなくちゃならない」気がしてプレッシャーになる。

 「できない」と認めると「できなくても命には別条ない」ことが確認できてホッとする^^。

 今回もそう。「語順に慣れない」「発音ができない」などとトルコ語に対する恨みつらみを書き連ねたら、「なんだ、その程度のことか」と逆に思えました。

 記事を書く前は、何もかもがバクゼンと難しく思え、「いったいどこから取り掛かったら・・・」という絶望に憑り付かれていましたが、難しい部分を箇条書きにしてみたら、「正体見たり」という気分になりました。

 難しい部分はたくさんあるけれど、端から一つ一つ潰していけばいいのだ、と単純に思えた。

 まずは、語順に慣れようと思いました。

 トルコ語を話そうとすると、どうしても動詞が先に思い浮かんでしまい、パニックを起こしてワタワタし、言えるはずのことですら言えない。

 なので、作文をすることにしました。会話だとそうもいかないけれど、作文ならいくらでも時間がかけられるものね。レッスン前に、あらかじめ言うことを書いておくことにしました。

 まず頭の中で日本語を思い浮かべ、それを丁寧になぞってトルコ語に直す。

 たとえば「昨日、銀行へ行きました」だったら、「Dün(昨日) banka(銀行)ya(へ) git(行き)ti(ました)m(私は).」みたいな感じで、一つ一つパーツをくっつけていきました。そしたら、こうするとちゃんと書けるのね。書きたいことが。あらビックリ。

 レッスンでこれを言うときも、スラスラ言おうとせず、一つずつのパーツを思い出しながら、ゆっくり言いました。たとえば「Dün」、「 banka-ya」、「git-ti-m」みたいに。最初の日はもう全く言えなくて、結局作文を全部読む感じになってしまいましたが、徐々に、作文を見ないでも言える部分が増えてきました。

 まだ簡単なことを言うのにも時間はかかりますが、トルコ語の文の形が見慣れてきた感じで、「コツ」というか、感覚が分かり、語順にだいぶ慣れてきました。

 あと発音。これまでは、苦手なöの発音を単語単位で練習してきましたが、なかなか上手くならないので、今週はöの音を単独で言ってみる回数を増やしました。

 そしたら! 単独なら、言えるようになってきた!

 まだ前に子音をつけると上手くいかず、単語の中に入っちゃうとöとüの言い分けもできなくなりますが、進歩はゼロじゃないんだ、と分かって嬉しい^^。

 問題が明確になると、おのずと対策も立つんですね。この調子で、母音調和や人称変化なども、一つ一つ攻略していかれそうな気がしてきました。

 何かに行き詰ったときには、

  1. 臭いものにフタをせず、まず「できない」と認める
  2. 具体的に「何ができないか」を書き出してみる
  3. 問題点を細分化し、個々に対策を立てる

 そういうやり方が自分には向いていると、改めて思いました。

 

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