これまでアーンミーヤにはあまり触れないできました。「フスハ(正則アラビア語)とアーンミーヤ(方言)は全く別の言語(=それくらい違う)」と聞いていたからです。
でも最近ヒッポファミリークラブのCDでエジプトアーンミーヤを初めて聞き、「そんなに違うかなあ??」という感想を抱きました。やはり「方言」程度の差のように、わたしには思えたのです。確かにフスハと異なる部分もあるけれど、それは一種の「クセ」のようなもので、一度その変化パターンを覚えてしまうと、けっこう意味がとれる気がします。
正則アラビア語(フスハ)はアラビア文字で書かれますが、アーンミーヤの学習書はなぜかたいてい、発音記号のような西洋アルファベットで書かれています。そのせいで、外国語として学習する場合、フスハとアーンミーヤの間には深い断絶があります。両者がどれくらい似ているのか、もしくは異なるのかが謎めいているのも、表記する文字が異なるので比べにくいせいだという気がします。
「アーンミーヤは口語なので、アラビア文字では記せない」と聞いたことがあります。でもそんなのうそぱち。ネット上には、アーンミーヤとフスハの入り混じったアラビア語ブログや掲示板の書き込みがたくさんあります。ヒッポファミリークラブのCDだってほとんどはアーンミーヤですが、アラビア文字で書かれています。アーンミーヤもアラビア文字で書けるんです。そして、アラビア文字で書くと、フスハの延長上にあることがはっきりわかります。
今日は、ヒッポファミリークラブのテキスト・CDで拾ったエジプト方言を記します。方言の辞書を持っていないので(そもそも存在するのかどうかも知らない)、最初は意味を取るのに苦労しましたが、複数の使われ方から意味を推測しました。自分の推測があっているかどうか、小池百合子の「3日でおぼえるアラビア語」と「赤本」の口語編、およびインターネット上で実際に使われている表現で確認しました。
発 音
ج(ジーム)
エジプト方言の「 ج(ジーム)」は「j」より「g」に近く、「 جميل(美しい)」が「ガミール」に聞こえます。「جوعان جدًا(とてもおなかが空いた)」は「ガアーン ギッダン」という感じ。
ق(カーフ)
「 ق(カーフ)」は「q」の子音が抜けて母音だけに聞こえることがあり(常にというわけではない)、「 حقيقي؟(本当に?)」は、「ハイイー?」みたいに聞こえます。
語頭ハムザ
語頭の「 إ(ハムザi)」は「イ」より「エ」に近い音に聞こえます。
母音
母音を伸ばす傾向があります。たとえばフスハの「 لك(ラキ=貴方のために)」は「 ليكي(リーキー)」となり、「 معي(わたしと一緒に)」は、「 معايا(マアーヤー)」になります。見知らぬスペルの単語でも、長母音をはずすと、案外知っている単語だったりします。アーンミーヤは口語で、聞いたままに表記されるため、スペルの「ゆれ」がありますが、これも長母音を抜くことで解決することも。
文 法
現在進行形
エジプト方言には「現在進行形」があります。とても簡単。未完了形の前に「 بـ(ビ)」をつけるだけ。もともと前置詞の「 بـ(ビ)」には、何かを「帯びる」というニュアンスがありますね。現在進行形も「その行動を『帯びている』」と考えるとイメージしやすいです。(※赤本によれば、動詞のبدّからきたものだとか)
未来形
未来のことを示すには、フスハでは「 س(サ)」を未完了形の前につけますが、エジプト方言では「 ح(ハー)」もしくは「 حا 」がつけられます。遠い将来だけでなく、今すぐ行う行動にもつけられます。
否定形
否定の作り方は独特ですが、分かりやすい。 ما(マー)と ش(シュ)で否定する部分を囲みます。動詞の完了形・未完了形・命令形ほか、中身はいろいろです。 ما شيء(何も~ない)が短くなったと考えると、分かりやすい。
- ~ مافيش(マーフィシュ): ~はない
- ماليش(マーレーシュ): 気にするな( ما عليك شيء )
- مش(ムシュ): ~ではない 形容詞や名詞補語を打ち消すときに使う ※ ليس (ライサ)
- مش كده؟(ムシュケダ?): そうでしょう? 違いますか? ※ أليس كذلك؟
分詞
エジプト方言では分詞が大活躍。フスハなら動詞を使うところも、分詞(特に能動分詞)が使われる場面が多いです。特によくお目にかかったトップ3:
- عايز(アーウィズ): ~したい・欲しい・必要である ※ أريد
- لازم(ラーズィム): ~しなくてはならない ※ يجب
- ماشي(マーシー): これで行こう・これにしよう
その他
- أن は省略されがち。5動詞の最後の ن も欠落。男性規則複数の ـون は ـين になる。
- 単語の前に「ア( أ」 や「イ ا )」がついていることがある(特に派生系第5形)が、無視して大丈夫。
単 語
動詞
動詞はフスハと基本同じ。ただし、使われる頻度や意味や発音が多少変わっている場合があります。よく見かける動詞ベスト8:
- راح(ラーハ): 行く
- شاف(シャーファ): 見る(see)
- بصّ(バッサ): 見る(look)
- قدر(カドル・アドル): ~できる(can)
- خلّى(ハッラー): ~させる・放っておく(let)
- حطّ(ハッタ): 置く(put)
- بقي(バキヤ): (未完了形で)それなら~だ(be)
- إديني(イッディーニー): わたしにください(أعطنيから変化?)(give me)
指示代名詞・関係代名詞
エジプトアーンミーヤの指示代名詞・関係代名詞はフスハよりも発音が短くなっています。簡略化? フスハとは語順が違い、指示代名詞は名詞のあとにくることが多いようです。
- ده(ダー): これ(男性形) ※ هذا
- دي(ディー): これ(女性形) ※ هذه
- اللي(リー): 関係代名詞(男女同形) ※ الذي التي
疑問詞
疑問詞は口をあまり動かさなくてもよい省エネ発音のものが多い気が。
- كام(カーム): どれだけ・いくらかの ※ كم
- إمتى(エムタ): いつ ※ متى
- فين(フェーン): どこ ※ أين
- إزاي(イザイ): どんな・どのように ※ كيف
- إيه(エー): 何が・何を ※ ما ماذا
- ليه(リー): なぜ ※ لماذا
- علشان(アルシャーン): ~のために(على شأنから変化したもの??) ※ حتى
代名詞
発音とスペルが少しフスハと違うものがあります。
- إحنا(エフナ): わたしたち ※ نحن
- إنت(エンタ): あなた ※ أنت
- إنتو(エントゥ): あなたがた ※ أنتم
副詞
一見「なんだコリャ?」な単語も、ちょっと頭をひねると、元の形が見えてきます。
- دلوقتي(ディルワーティ): 今(هذا الوقت)
- النهارده(イナハルダ): 今日(هذا النهار)
- إمبارح(インベルハ): 昨日(البارح)
- شوية(シュワイヤ): ちょっと(شيء (物)の小辞)
- خالص(ハーリス): とても(خلص(明確な)の能動分詞)
- أوي(アウウィ): とても(قويّ(強い)のエジプト読み)
- بالظبط(ビッザブト): ちょうど・ちゃんと(بالضبط)
- بتاع(ビターア): ~の・~のもの(後ろに人称代名詞がついたり、イダーファになったりする) (تباع(従属している)の最初の二音が入れ替わった)
フスハとの関連性が掴めない副詞もあります。
- بكرة(ブクラ): 昨日
- كويس(クワイエス): (器量などが)良い
- كمان(カマーン): ~も・もっと~
- برضه(バルドゥ): ~も・まだ~
- لسه(レッサ): まだ・相変わらず
- بسّ(バッス): しかし・~だけ
名詞
名詞も、動詞同様、使われる頻度や意味や発音が多少変わっている場合があります。
- حاجة(ハーガ): 何か・事・物( شيء )
- أوضة(オーダ): 部屋
- شمال(シマール): 左
- معاد(マアード): 約束の時間・締め切り
- شنطة(シャンタ): スーツケース
以下の二つは出どころ不明。
- متهيألي(ムタヤーリー): 素晴らしい??
- بمبي(バンビー): ピンク
その他よく使われる表現。
- أيوه(アイワ): はい。
- أوكيه(オーキー): OK!
- أخي(アヒー): ひえ~! ギャー! ヤダー!
- يا خبر(ヤー ハバル!): ええっ! なんてこった!
- يللا(ヤッラ): さあ!
- يا ترى(ヤータラー): ~かしら?
語末のハムザ( ء )は欠落することが多く、語中のハムザはヤー( ي )に変わることが多い。
このようにズラズラ書き連ねると違いが強調されるかもしれませんが、34ページのテキストのうち、フスハと違うのはこの程度。しかも推測可能な単語が多い。割合からすると、そんなに大きな違いじゃないと思うのですが、いかがでしょうか。
エジプトアーンミーヤは、現在進行形をはじめとして、كمان(もっと)や لسه(まだ)のように、話者の感情をちょこっと文に紛れ込ませる表現が得意のように感じられます。